住野よるが描いてきた、“普通”のなかにある不思議 『君の膵臓をたべたい』から最新作『夜想い』まで、10年の軌跡を辿る

どこか不思議で、けれども普通で、だからこそ素敵な物語。住野よるが紡ぎ出す小説はだいたい、そんな印象をもたらして読む人の心を優しく揺さぶる。7月27日に刊行された『夜想い』(双葉社)にも同じところがあって、作者の小説をずっと追いかけてきた人にも、ここから手に取ってみたという人にも、非日常と日常とが溶け合った物語が、自分の今いる場所を確かめさせ、これから歩いて行く場所を示してくれる。
住野よるが描く、“普通”のなかにある不思議

職員室を出たら、廊下に女子が寝ていた。久しぶりに登校するようになった中高一貫の学校で、そんな状況に出会った時にあなたならどんな行動を取るだろう。中学生の山下始は、高校生の女子が行儀悪く寝転んでいるのではなく、倒れて苦しんでいるらしいことに気がついて、彼女に飲ませるペットボトルの水を買いに走る。
廊下を歩いていた他の生徒たちも、その女子が倒れていることに気づいていた。それなのに、「大丈夫、それただの二日酔いだから」と言って誰も動こうとしないシチュエーションで、すぐに水を飲ませようとペットボトルを買いに走る始からは、いかにもヒーローといった雰囲気が漂う。
もっとも、動かない周りは凡庸なモブで、始のヒーロー性を際立たせようとしてそう描いたということはない。始以外の誰もがその女子、高等部に通う遠山先輩が「星空中毒」というものに罹っていて、日中はよく学校の中で転がっていることを知っていた。
つまりは日常。いやいや、「星空中毒」なんて聞いたこともない病気が日常だってありえないでしょ。そう思う人もいそうだけれど、この物語の世界では、夜空に瞬く星の光を浴びた翌日は、中毒のような症状が出て動けなくなるという病気が存在していて、遠山先輩がその患者だということが知れ渡っていた。
知り合った少女が難病で、その幾ばくもない余命の間に親しくなり、恋心を募らせるようになりながら離別へと至るストーリーが、世間にはそれこそ星の数ほど存在している。そこでは難病であることが物語の芯になって登場人物たちを振り回し、悲劇的な結末へと向かわせる。
けれども、『夜想い』の遠山先輩の「星空中毒」が、不治の病として彼女に恋した始を、絶望するヒーローのような存在にさせることはない。彼女を通して始は「津組先輩(ツグミ)」という男子高校生のことを知ろうとし、遠山先輩も「ツグミ」との交流を振り返るなかでその男子生徒が始と遠山先輩に何をもたらしたのかが綴られていく。その意味ではヒーローというより語り部だ。
「星空中毒」という不思議は物語にとってスパイスになっている。けれども普通を超えて食べられなくなるような味にはしない塩梅が、住野よるの小説では絶妙に使われていて、読む人にユニークさを覚える味わいをもたらすのだ。
『か「」く「」し「」ご「」と「』に見る、不思議な力と心の機微

2017年の刊行で、2025年に奥平大兼や出口夏希、佐野晶哉(Aぇ! group)らの出演で映画にもなった『か「」く「」し「」ご「」と「』(新潮社)という作品では、登場する5人の高校生一人ひとりがちょっとした不思議な力を持っている。京こと大塚京は、人の頭に「!」とか「?」といった記号が見えて、その人の今の気持ちをなんとなく掴める。ミッキーこと三木直子は、心臓のあたりに「/」のように傾いたバーが見えて、その人の感情がプラスなのかマイナスなのかを察知できる。
他の3人も、数字だったりトランプのハートやスペードといったマークだったり矢印だったりが見える。それで、人の気持ちの強弱だとか喜怒哀楽だとかが分かるというから、人付き合いの上で便利かというと、その程度のことなら表情や言動から感じ取ろうと思えば感じ取れる。無ければ無かったで済む能力かもしれない。
それでも、目に見えてしまうからこそ抱いてしまう迷いや苦しみを受け止め、乗り越え前に進もうとしている5人の姿は、ラブ混じりの群像劇としても見ていて楽しい。心の機微が見えるという要素が、当人たちだけでなく読者にも状況を俯瞰する視点をもたらし、どうするんだろうといったワクワクを与える。非日常と日常の間をゆらゆらと漂う物語ならではの、ピリッとしたスパイスが利いた味わいの作品だ。
『よるのばけもの』で描かれた、異形と“普通”の距離

『よるのばけもの』(双葉文庫)は、もう少しファンタジーの色が濃い。なにしろ安達という主人公の少年は、6つの足と8つの目玉を持った怪物に変身して、夜の街を動き回るのだからちょっとしたホラーだ。とはいえ、夜の学校で居合わせた矢野というクラスメイトの少女は、そんな姿の怪物のことを恐れるどころか、安達と気づいて「あっちーくん」と呼び、いっしょに誰もいない教室で夜の時間を過ごす。
怪物に変身するからといってヴィランとして嫌われるでもなく、ヒーローとして活躍するでもないこぢんまりとした展開に、異能力がことさらに持ち上げられることも恐れられることもない状況への居心地の良さを感じる。それはつまり、属性によって過剰に持ち上げられることも、理不尽に貶められることもない世界への憧れでもある。
「住野よるデビュー10周年」を記念した双葉文庫版のカバーイラストに、『僕のヒーローアカデミア』(集英社)の堀越耕平が起用され、笑う矢野の姿が描かれたのも、何者も恐れず何事にも屈する必要のない生き方ができる世界への賛意を、伝えたかったからなのかもしれない。
『また、同じ夢を見ていた』は、知らない世界と出会う物語

小柳奈ノ花という小学生の女子が、大人の女性とおばあちゃんと高校生の女子と知り合い、それぞれの人たちからいろいろな話を聞いて、どこか世の中を拗ねていたり、両親と喧嘩をしていたり、クラスで浮いていたりしていた日々からちょっとだけ成長するストーリーの『また、同じ夢を見ていた』(双葉文庫)は、子供が自分の知らない世界と触れて、社会に足を踏み出す物語だと見て取れる。
読む人は、恐れとか迷いとかに溺れることなく、「そうだ。そうしよう」といった気持ちのままでページを閉じられる。
『夜想い』の主題は何なのか
『夜想い』にも、そうした非日常と日常の融合からくる分かりやすさ、あるいは分からせられてしまうような感覚がある。ケイティとあだ名される遠山先輩の「星空中毒」は、それ自体が彼女の人生を限界のあるものとして、彼女の周りにいる者たちを悲しみと絶望に沈ませ、それを垣間見る読者もいっしょに悲しみの渦に溺れさせるようなことはない。
「星空中毒」は、当人にとって昼間はそれこそ廊下で横たわるくらいに気分を滅入らせるが、夜は逆にハイな気分にさせる。その浮き沈みが身体に影響を及ぼすこともあるらしく、ケイティの母親などはしきりに治療を勧めるが、当人はそうした自分を受け入れている節がある。彼女と親しい向井葵祢ことひまわりを始め、周囲にいる人たちも浮き沈みのあるケイティを普通に受け止め、サポートしながらいっしょに「空想研究会」という活動に勤しむ。

ケイティにとある“事件”が起こって、始やひまわりや他のみんなが助けにいくところに、ちょっとしたスペクタクルはあるけれど、「星空中毒」自体が最重要のファクターとして物語の行方なり登場人物の運命を左右している感じはない。だから、『夜想い』の主題は別のところにあると言える。
始がケイティに興味を抱いたのは、何も「星空中毒」だからではない。彼女やひまわりと親しくしていたツグミについて、情報が欲しかったからだ。ツグミは、ケイティたちにとってどんな存在だったのか。始のケイティたちとの交流に挟まるように、快活で好奇心旺盛だったツグミとケイティたちの日々が描かれて、その愉快そうな日々に心躍らされる。
そうした交流の先で、始とツグミとの間にある事情や、ケイティがツグミに対して抱いていた感情が浮かび上がってきて、共に思春期を生きるふたりに対する思い入れをより深いものにする。「星空中毒」は確かにスパイスだが、それは多感さの置き換えといえなくもない。非日常と日常の狭間だからこそ描けるものが、この作品にもしっかりと存在していると言えるだろう。
住野よるが『君の膵臓をたべたい』から描いてきたもの

住野よるが世に知られたデビュー作『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫)こそ、難病の少女と普通の少年が出会い育まれる交流があり、離別があって涙を誘うという“難病もの”のフォーマットに物語が乗っていた。少しだけズラした展開があって、それがいつかくる運命を少しだけ前倒ししたものだったとしても、失われた時間と断ち切られた関係は確実にあって、憤りを誘い落涙をもたらした。実写映画とアニメ映画になって大ヒットしたのも分かる超感動ストーリーだ。
そこから同じフォーマットを繰り返すだけでも、存分に活躍できたはずのところを、住野よるが次に繰り出してきたのが『また、同じ夢を見ていた』。ここで少し不思議で、そして普通の物語の中から浮かび上がる感動を描きだしてのけた。以後、『よるのばけもの』や『腹を割ったら血が出るだけさ』(双葉文庫)、そして『夜想い』のように、どこか不思議な設定を入れつつ、それでいて日常から逸脱しないバランスの上で、読む人を魅了し続けるところはやはり独特の才能だ。次に何が来るのかといった興味をかき立てられて止まない。
それは、「羊男」や「かえるくん」や「ねじまき鳥」や「ありくい」といった、不思議な動物をメタファーとして繰り出し、非日常的で幻想的なニュアンスを醸し出しつつ、淡々と日常を綴って読む人に今という時間について考えさせる村上春樹の手法に、どこか重なるところもある。とはいえ、若者のすれていない熱情のようなものを捉えて、同世代の読者を惹きつけるところはまるで違っている。
異能力や超常現象はSFやファンタジーやライトノベルが得意とするところだが、そうした設定自体を主題にはせず、繰り広げられる関係性と行き交う感情を描くところは、それらのジャンル小説とも一線を画す。捉えどころがないにも関わらず、これこそがといった存在感をすでに持っている住野よる。これからどうなっていくのかを探る意味でも、最新作を読んでおいてムダということは絶対にない。
■書誌情報
『夜想い』
著者:住野よる
価格:1,870円(税込)
発売日:2026年7月24日
出版社:双葉社
公式サイト:https://www.futabasha.co.jp/book/97845752490400000000
住野よるデビュー10周年記念サイト:https://fr.futabasha.co.jp/special/suminoyoru10th/
























