ミステリー作家・中山七里が明かす、スランプ知らずの創作術 最新作『刑事葛城 正義の銃弾』インタビュー

中山七里が語る、スランプ知らずの創作術
中山七里『刑事葛城 正義の銃弾』(徳間書店)

 中山七里はこれまで、音楽ミステリーの岬洋介シリーズ、弁護士の御子柴礼司シリーズ、作家刑事毒島シリーズ、能面検事シリーズなど、数多くのシリーズを展開してきた。キャラクターたちが出版社の垣根を越え、複数の作品にまたがって登場するのも特徴である。このほど新たにスタートした倒叙ミステリーの主役に抜擢されたのは、従来は脇役だった葛城公彦である。その第1作『刑事葛城 正義の銃弾』(徳間書店)は、いきなり銃撃戦という派手な始まり方をする。(9月4日取材・構成/円堂都司昭)

捜査する方は、コロンボのように一見尖っていない人間にした方がいい

――『刑事葛城 正義の銃弾』では、『静おばあちゃんにおまかせ』(2012年)、『秋山善吉工務店』(2017年)、『有罪、とAIは告げた』(2024年)など、これまでにもしばしば中山作品に登場してきた葛城公彦が、主人公になっています。なぜ彼を選んだんですか。

中山:徳間書店さんからのオファーが、「『刑事コロンボ』のようなものを書いてほしい」だったんです。

――『刑事コロンボ』といえば、完全犯罪を狙った犯人の行為をまず示してから、探偵役の捜査を描くという、倒叙ミステリー形式の代表的なドラマですね。

中山:僕のシリーズのほとんどは、性格が尖った人間が主人公ですけど、コロンボ役をさせるにはどういう人間がいいかと考えたんです。コロンボの宿敵はセレブであったり、すごい頭脳の持ち主であったり、尖った人間が多い。だから、捜査する方は、コロンボのように一見尖っていない人間にした方がいい。私は、いろいろなキャラクターを作ってきましたけど、葛城公彦はとにかく平凡。彼には尖ったところがないので、どんな人間の心にもスッと入りこめる。コロンボ役にちょうどいいんです。

――葛城をいずれ主人公にしてやろうと、以前から考えていたんですか。

中山:今回のような時に使えるだろうと思って作ったキャラクターですから。必ずどこかで使えると、『静おばあちゃんにおまかせ』で最初に書いた時から、頭にありました。

――葛城とコンビを組み、彼と対決することにもなる女性刑事、紅島雛多は、どのようなキャラクターですか。

中山:『刑事コロンボ』のような倒叙ミステリーの場合、基本的に犯人側を共感できる人間にします。その共感できる人間を、追いつめていくから刑事が憎まれ役になる。でも、それでは読み味が悪いし、本当は刑事がヒーローだから犯人を追いつめる刑事側にも共感が持てるようにしたい。今回、葛城と対峙する紅島の場合、読者が共感すると同時に、やがて彼女にとってどんどん事態が悪い方向に進む、そのハラハラ感を味わってほしい。私の読者は、30~40歳くらいの女性がけっこう多いらしいので、彼女たちに楽しんでもらいたいという思いも含めて紅島を設定しました。

 倒叙ミステリーのなにが面白いかというと、探偵役が犯人を追いつめて、犯人に共感した読者がドキドキするとともに、犯人が捕まって終わったにも関わらず、「ああ良かった」と思えるという、この逆転をどこで起こすかなんです。書くうえで一番苦しかったところでもあります。その点を考えて、今回の構成にしました。

――『刑事葛城 正義の銃弾』に関する徳間書店のウェブの紹介ページによると、中山さんは「戦場に物的証拠は存在しない」というテーマを以前から考えていたそうですね。

中山:戦場は人殺しの世界ですけど、そこで個人的な殺人を起こしても物的証拠はたぶん残らない。死体がいくつも転がっている。銃弾や足跡もたくさん残っている。そもそも騒乱状態だから目撃者も少ない。そのうえ防犯カメラが使用不能だったら、誰が誰を殺したかわからない。一種の不可能犯罪になるんです。

――そこで、東京都内に戦場を作ることを考えたんですか。

中山:実際の戦場を物語にするなら、それこそウクライナやガザにしなければならない。ところが、1作目で外国を舞台にしたら、シリーズのその後で苦労すると誰にでもわかる。それならば東京都内で戦場を出現させたいと、逆算していきました。トクリュウとヤクザが敵対している。この2つを戦わせるなら、局地戦だけどギリギリ戦場は成立する。そこで殺人が起きたら、すぐには犯人がわからない。わからないところから始まれば、物語が転がっていく。そう考えました。

――戦場として新宿・歌舞伎町を選んだ理由はなんですか。

中山:昔、新宿コマ劇場の東側は、ヤクザやチャイニーズマフィアなど、いろいろいて凄かった。その後、石原慎太郎都知事時代の浄化作戦で正常化されたんですが、未だにTOHOシネマズ新宿と東急歌舞伎町タワーの間は、昼でも女性1人で歩くのは危ない。また、都内で戦場にするにはどこがいいかと考えると、ある程度の広場があって、高いビルが少なくて、もともとちょっとアンダーグラウンドなところがいい。あそこしかなかったんです。池袋は入り組んでいて人の隠れる場所が多すぎる、有楽町は民度が高すぎるとか、いろいろ考えて取捨選択で新宿になりました。

――1ページ目から戦場になった歌舞伎町が描かれますから、すぐに引きこまれますね。

中山:裏話をしますと、実はこの小説は刑事葛城シリーズの2作目に書いたもので、先に1作目ができているんです。1作目は倒叙ミステリーの王道の内容なんですけど、導入がちょっとおとなしい。シリーズの始まりがそれではいけないので、銃撃戦から始まる2作目を先にしたんです。

僕が今死んでも5年くらい先まで本が出ます

――ということは、シリーズの次作は、もうできているわけですね。中山さんには多くのシリーズがあって、多作でお忙しいでしょうに未発表のストックがあるんですか。

中山:僕は今、18社の出版社とお仕事していて、基本的に本が毎月出ています。それで、だいたいどの社にも1作以上のストックがある。だから、僕が今死んでも5年くらい先まで本が出ます。

――……驚くしかありません。今回に限らずですが、中山さんはどのように発想して、プロットを組み立てていくんですか。

中山:最初にテーマがあって、それを表現するのに一番適したストーリーはなにか。ストーリーに当てはめて、無理のないキャラクターは誰か。このキャラクターであるならば、こういうトリックしかないと、全部演繹的に考えています。だから、最初のテーマができた時点で最後まで決まっちゃう。この作り方が一番確実で、結末までぶれない。だから、すごく楽。しかもテーマが最初にあるから、読んでいくうちに「ああ、これがテーマだ」とわかってもらえるんです。

――中山さんは、スランプになった時期がないですよね。

中山:いや、スランプというのは、もっと大御所が書けなくなることをいうのであって、僕がスランプだなんておこがましいですよ。僕の場合、最初のプロットの段階で、頭のなかで全部書いているので、筆が止まることがないですし、推敲したこともないんです。

――『超合理的!ミステリーの書き方』(2024年)でも語られていましたけど、かなり早い段階で作品全体ができているそうですね。

中山:物語のアイデアも3日間あれば、体に染みついた癖でなんとかできちゃう。小説家を16年間やってくると、習い性になるんでしょう。僕は職業的な物書きだと自負していますので、職業である限りは締め切りがある。クオリティは守らなければいけない。この2つは絶対条件です。それを満たすためには、逆算すると3日間でプロットを固めないと、僕の場合は間にあわない。そうするためには、寝なければいいんです。

――中山さんには多くのシリーズがあり、シリーズをまたいでキャラクターが出入りしますが、表を作ったりしているんですか。

中山:頭のなかに全部あって年表もできていて整理されているんです。こことここを組みあわせれば、こういう物語ができるとわかっているので、あとは組みあわせるだけ。そうするために、シリーズの主要人物は犯罪にかかわりのある職業に限定しているんです。法医学者、検事、裁判官、刑事、特殊清掃人、鑑定人、事件記者などをそろえ、将来にクロスオーバー、コラボがあった時にすぐ使えるようにあらかじめ計画していたわけです。

『さよならドビュッシー』(2010年)で第8回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞して「おめでとうございます」と電話をいただいてから3日間のうちにそういう世界を一応作り、百通りのストーリーをその時に創りました。今はそれを当てはめているだけです。だって、デビューして1作だけで終わっただなんて避けたかったですから。賞金をもらったのにそれでは泥棒と一緒ですよ。

――『刑事葛城 正義の銃弾』に関しては「『刑事コロンボ』のような」というオーダーがあったそうですが、もっと漠然と新作の依頼がきた時にはどう考えるんですか。

中山:編集の方と打ちあわせというか雑談をするんです。すると、この人はこういう小説を読みたがっているとわかってくるので、それを落としこむだけです。僕は、編集者の後ろには数十万人の読者がいると思っています。だから、ゲラを見せた時に編集の方が喜んでくれたら、それでOKだと思うんです。もし、「面白くなかった」、「この犯人では納得できない」といわれたら、書き直せばいいだけですから。そうして16年間やってきました。

――葛城以外にも今後、主役にできるキャラクターは用意されているんですね。

中山:実はまだ隠しているキャラクターが10人くらいいます。とにかく僕がデビューしてからの10年間は、いろんなところにキャラクターを忍びこませる作業でした。あとは、どのタイミングで主役にするかだけだから、楽といえば楽かもしれない。『刑事葛城 正義の銃弾』にも名前が出てくるヤクザの山崎も、いつか主役を張らせようと思っています。どの人物も一面的な描き方はしないように気をつけて、主役を張れるキャラクターに育てたつもりです。作品同士でキャラクターがいったりきたりするのが面白いという読者も多いですし、やったことは間違っていなかったと思います。

――キャラクターの作り方について、影響を受けた作家はいますか?

中山:海堂尊さんを意識していて、「すいません、やり方を真似ました」とご本人にいったら、「私も東野圭吾さんを真似ましたから」とおっしゃられていました。やっぱり、亡き東野さんはキャラクターの使い方が上手かったんです。しかも誰を主人公にしても話が成立する。そういうやり方を、ほんのかけらでも継承できればというのが、僕の願いです。

――中山さんは、小説を長く書いてきたなかで変化したことはありますか。

中山:文章ですね。6作目(『静おばあちゃんにおまかせ』)で、ひたすら文章を読みやすくしようとしました。みんなそうだと思いますけど、デビュー作はいろいろ書きすぎるんです。描写も、表現、比喩もそうですけど、書き手のエゴのような気がして、読む方にしたら読みやすい文章が一番じゃないですか。伝えたいテーマ、輝かせたいキャラクターがあるとして、七面倒くさい文章にしたところでキャラクターが光るわけではないし、テーマが明確に伝わるわけでもない。キャラクターを際立たせたい、テーマを読者の胸に刺したいのならば、文章は読みやすいのが一番いいに決まっているんです。

そこで、何行で改行すれば気持ちいいか、句読点の打ち方はどこにすれば読みやすいか、全部考えて、そういう文章にしました。この作品では、地の文をここだけは読んでほしいから、あるいは、ここはアクションシーンだから、セリフはこれだけ続けて、「!」は最小限にしようだとか、作品の性格がこうだからこういう風にと、最初のプロットの段階で設計図を書くようになりました。

アイデアはバーゲンセールをやっていいくらいある

――今後の作品についても、いろいろ考えているようですね。

中山:ネタはいくらでもあります。ニュースを見ていたら1日に2つ、3つネタがありますし、小説のアイデアはバーゲンセールをやっていいくらいある。ただ、僕は手が遅い。もうちょっと書くのが早かったら、今の2倍くらい量産できますもの。自分の筆の遅さで吐き気がするくらいです。

――遅いとは思いませんが……。刑事葛城シリーズの2作目の刊行も遠くないでしょう。

中山:その主人公は、オーナー会社の長男でセレブの若社長なんですけど、目の上のたんこぶがいて、愛憎半ばして殺しちゃう。完全犯罪に近いけど、疑いを向ける葛城がいる。まさに『刑事コロンボ』のパターンですけど、編集者は驚いてほしいところで驚いてくれましたし、自分でも出来はいいと思います。僕は『刑事コロンボ』では「別れのワイン」の回が印象に残っていて、あれは誰も犯人を憎いと思えないところがいい。最後なんかはコロンボと犯人が肝胆相照らすみたいな風になる。みなさんが、あのシーンを好きなんだと思うんです。実は次に出る2作目も、そういうシーンを意識しています。

――コロンボといえば「うちのカミさんが~」が口癖でしたけど、『刑事コロンボ』に彼の妻は出てきません(コロンボが登場しない『ミセス・コロンボ』は製作された)。葛城に関しても、他の作品で恋人の存在が書かれていますが、『刑事葛城 正義の銃弾』には直接は出てきませんでしたね。

中山:早くから出すととりとめがなくなっちゃうから、最初はとにかく葛城くんを単独で動かそうという方針がありました。先輩の宮藤刑事がいろいろ口を出すんですけど今回は控え目なのも、葛城はこういう人間だと前面に出したかったから。シリーズがある程度続いてマンネリになりかけた時に、それらのキャラクターをポンと出して彩りを変えていく。そうすれば、シリーズが5作、6作と続くというのが、これまで学習してきたことです。このシリーズでもそれが通用するのかどうか。みなさんが『刑事葛城 正義の銃弾』を買って下さるかどうかにかかっていますので、どうぞよろしくお願いします。

■書誌情報
『刑事葛城 正義の銃弾』
著者:中山七里
価格:1,980円
発売日:2026年9月3日
出版社:徳間書店

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