『キミスイ』で脚光、住野よるが語る“エンタメとしての小説” 「本ももっと広くみんなで楽しめたらいい」

住野よるが語る“エンタメとしての小説”

 『君の膵臓をたべたい』や『青くて痛くて脆い』で知られる住野よるの最新作『この気持ちもいつか忘れる』が9月16日から発売されている。

 2018年から『週刊新潮』で連載された本作は、住野氏が学生時代から敬愛していたバンド、THE BACK HORNとのコラボレーションから生み出された。小説家とロックバンドという異色の組み合わせが双方向に影響しあいながら、それぞれが作品を制作した。初回出荷版には、小説とともにTHE BACK HORNの新曲5曲で構成されるミニアルバムも付属する。

 鬱屈した毎日をおくる高校生カヤが、爪と目しか見えない異世界の少女チカと出会い惹かれていく様子を描く本作。住野氏が初めて恋愛小説に挑戦し、創作過程も内容もこれまでにないものとなっている。デビューから5年、進化し続ける住野よるは、今回のコラボで何を得たのか。本人に話を聞いた。(杉本穂高)

ファンであることの距離感と苦悩

――THE BACK HORNさんとのコラボという新しい試みをやることになったきっかけは何だったのですか。

住野:僕がTHE BACK HORNさんを好きすぎて、まだ何も決まってない段階から「何か一緒にやりたいです」とお声がけしたら、「いいよ」と言ってくださったんです。小説と音楽で何を一緒にやるのか、何も決まっていないところから打合せを始めました。そんな中、THE BACK HORNさんが「一曲じゃなく何曲かあったほうがいいんじゃないか」と言ってくださり、それなら僕も物語を前後編にすれば、何曲か挟み込める余地がでるかもしれないと思って、前後編の物語にすることを決めました。

 そして、こういう新しい試みをやるなら、内容についても今まで書いてこなかったことに挑戦すべきだと思って恋愛ものをやることにしたんです。まず僕があらすじと冒頭を書いて、THE BACK HORNさんにお渡ししたら、『ハナレバナレ』を作ってくださって、そこから、全編を話し合いながら書いていきました。それから、作中に曲の歌詞を出そうということになって、チカの異世界がどんな場所なのかを作詞の松田さんと話し合い、松田さんが『輪郭〜interlude〜』の歌詞を作ってくださいました。さらに、そこから後編の構想を作っていったという感じです。

――小説家とミュージシャンによる往復書簡のようですね。

住野:確かにそうですね。僕としては積み木を積んでいくイメージがありました。お互いが一段ずつ積み木を積んでいくんですが、相手の積み木の形も大きさもわからない。なので、そんなものを載せてくるのかという驚きがたくさんありました。お互いにどんなものが完成するのかわからない状態で、ずっとやり取りを続けていった結果、はからずもこういう形の本になったという感じですね。

――コラボしながら書くことによって、ご自身の作風にも影響はありましたか。

住野:気持ちの変化が大きかったですね。この本の結末にも関係することですが、僕は「この人が好き」とか「この話が好き」という気持ちで止まっていてはいけないんじゃないかという気持ちをずっと抱いていたんです。例えば2作目の『また、同じ夢を見ていた』は僕の好きなものだけを詰め込んだ作品で愛着があるのですが、そこから住野よるとして、新しい一歩を踏み出さなきゃいけないと考え続けていました。今回、自分の中ではそれができたと思っていますし、書き上げた時、すごく満足感がありました。

――やはり、ファンだった方々と仕事をするプレッシャーは、自分一人で書く時のプレッシャーとは違いましたか。

住野:全く違いましたね。極論ですが、一人で書いているときは「僕さえ面白いと思えればいいや」という気持ちも少しはありますけど、今回はTHE BACK HORNさんの名前を汚しちゃいけないという思いがありましたから。それに、ファンだったバンドと一緒に仕事できて嬉しいというだけの気持ちでやっていたら、他のファンの方に顔向けできないですよね。この小説のカヤとチカの関係は、ある種、ファンとプレイヤーの話でもあるんですけど、そういう意味でもファンであるとはどういうことなのかを改めて考えましたね。

――確かに、主人公カヤのチカに対する思いと、住野さんのTHE BACK HORNさんに対する思いが重なっていると感じました。

住野:極めて似ていますね。このプロジェクトで一番悩んだのは、THE BACK HORNさんとの距離感です。ファンである自分を捨てたくない一方で、それでプロとして仕事できるのかとずっと悩んでいて、この本を書き終えたことでその気持ちにようやく折り合いがついくらいです。最初のころはメンバーの前に座っているだけでガチガチに緊張していましたからね。そういう誰にでもある好きなものとの距離感をいかにして図るかということを今回書いたつもりです。今回、恋愛ものをやろうと思ったのは、ステージ上の姿しか知らないのにTHE BACK HORNさんが好きだという僕の気持ちも入れたいと思ったからでもあるんです。チカの本当の姿が見えない設定なのは、そういう気持ちを反映しています。

――初期衝動のような気持ちは大切だからこそ、なかなか捨てられないですけど、時にはそういうものを捨てて前に進むことも大事なんだよという風に読めました。

住野:そうですね。いつまでも「あの頃が一番良かったね」と思っていたら人は進めないですよね。今回、僕にとっては夢のような企画が実現できましたが、10年後に「あの時はよかったな」なんて言っていたくないですし、その頃にはTHE BACK HORNさんに、「今のほうが面白い小説書けます」って自信をもって言えるぐらいじゃないと駄目なんだという気持ちもこの作品に込めています。担当の編集さんから、連載時に最後の原稿を提出した時、「これを住野よるに読んでほしい」と言われたんです。それは、きっと僕が抱えていた悩みを解決するために書かれたものだということだと思います。

恋愛の概念がない異世界との交流

――ヒロインのチカの世界には、恋愛など、こちらの世界では当たり前の概念がないという設定ですが、この発想はどこから生まれたのですか。

住野:例えば、鯨や馬を食べる文化が日本にはありますけど、そういう発想のない文化もありますよね。他にも、日本語にはこの言葉はあるけど、他の言語だとないみたいなものもあります。同じ世界でもこれだけ違うのなら、異世界ならもっとそれが顕著だろうと考えたんです。

――概念の異なる異文化との交流の難しさも感じさせる内容だと思いました。

住野:現在、世の中の分断がさらに深まって、自分と考えの違う相手のことを、より一層きちんと想像しないといけない社会になっていると思います。今回と同じ新潮社から出版した『か「」く「」し「」ご「」と「』は、自分にしか見えないものが見える高校生たちの話でしたが、あれもまた、色んな人がいて認め合えるはずっていう話ですからね。

――近年の社会の分断による、コミュニケーションの難しさが反映されているんですね。

住野:そうですね。僕は元々コミュニケーションをとるのが苦手で、一人でその難しさを感じていたんですが、その感覚が社会全体に広がっているような気がします。僕のようなコミュニケーション下手な人間からすると、他の人達くらいもうちょっと仲良くしてほしいんですよ(笑)。

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