なぜ恩田陸の小説は“会話”だけで面白いのか? 神原恵弥シリーズ最新作『傾斜のマリア』に見る「恩田ワールド」の真骨頂

創作論において、地の文のない会話だけ続くのはよくないとか、伏線にもならない会話を延々と続けるのはよくないとか、さまざまなセオリーが語られることがあるけれど、圧倒的なおもしろさを前にすれば、そんなものはすべてどうでもいいことである。たとえば、ちかごろ最新作『傾斜のマリア』(双葉社)が刊行された恩田陸さんの小説で、世界を股にかける凄腕のウイルスハンター・神原恵弥(かんばら・めぐみ)をめぐるシリーズでは、陰謀うごめく(ように見える)不穏な事件がたびたび起こるが、謎を解き明かす過程でかわされる、本筋に関係があるのかないのかわからない大人たちの会話こそが真骨頂なのである。
「神原恵弥シリーズ」はミステリーなのかSFか
神原恵弥は端正な顔立ちをした精悍な男性で、人目を惹くいでたちであるがゆえに、その口から飛び出すのが艶やかな女言葉であることにめんくらう人も多い。性別にこだわらない名前をつけるのが方針の家庭で、しかも女性がやたらと多い環境で育ったがゆえのことで、小学校までは男性言葉との〝バイリンガル〟をしていたが、自分にとってより自然な女言葉を採用することにした、と宣言したのが中学生のとき。あまりに自然で堂々としているから、みんなすぐに慣れてしまった、というのが、元同級生で元料理人、時枝満の弁である。
長らく会っていなかった恵弥に連れ出された満が、西アジアの果てにおもむき、荒野にそびえたつ、人間を飲みこんでしまうと噂の白い建物の謎に迫るのが第一作の『MAZE』(双葉文庫)。消失した人間はどこへ行ったのか? 中に入っても無事な人とそうでない人との違いは? 隣接する国との不穏な関係は? と、ミステリーなのかSFなのかわからない、不可思議な世界観に読者である我々のほうこそが飲みこまれてしまう同作。その語り手は満であり、恵弥はわき役と言うには華やかすぎる、とらえどころのない人物であった。

だが、これだけキャラの濃い人物に、読者の注目が集まらないわけがない。続く『クレオパトラの夢』と『ブラック・ベルベット』(共に双葉文庫)、それから最新作の『傾斜のマリア』も語り手は恵弥その人である。最初に書いたとおり、恵弥は世界を股にかける凄腕のウイルスハンターであり、彼の現れるところには未知のウイルスやそれに関わる研究が絡んでいることが多い。そしてたいてい、それらは、政治をも動かしかねない価値をはらんでいる。というわけで、『クレオパトラの夢』の舞台となった日本の北国H市でも、『ブラック・ベルベット』の舞台となった東西文化の交差点・T共和国でも、人の生死にかかわるような不穏な事件に彼は巻き込まれていくのだが……。

これもまた最初に書いたとおり、本シリーズの神髄はその謎を追うことそのものにはない。いや、もちろんそれも十分読みごたえがあるのだが、それ以上に、人間離れした記憶力と知識量を誇る恵弥が、対峙するにあたいすると認める人たちとの、軽妙でウィットに富んで、なおかつ好奇心をくすぐるような会話が、非常に魅力的なのである。

恩田陸が描く「ありえたはずの世界」
最新作『傾斜のマリア』の舞台は、恵弥の祖母の出身である九州のN崎。H市は函館、T共和国はトルコで、N崎はもちろん長崎だということは、本書を読まずともここまでの説明でわかると思うが、N崎でマリアといえば隠れキリシタン、とピンと来る人も少なくないだろう。今回、恵弥が追うのは、祖母の遺した数え唄。
ひとつ おきましょ
かたむく マリア
グラバーさんの コンパスひいて
かねが なるなる カスドース
から始まり、三番まである「かたむくマリア」という数え唄のなかには、カスドースをはじめとする長崎の銘菓が潜んでいる。誰が言い出したのか、世界三大傾斜都市ともよばれるN崎で、なぜだか脳裏に刻み込まれている、行ったことがないはずの軍艦島の景色をも追いながら、恵弥は土地の歴史と文化を追いかけ、謎を紐解いていく。今作における道中の相棒は、これまで恵弥を不穏な謎にひきこんだ実績をもつ感染症研究者の多田直樹。異なる知性をもつ二人が、ああだこうだと知識を寄せ集めて、ときに独特な思い付きをかわし、横道にそれながらも旅する過程には、いつまでも浸っていたくなる。
もうひとつ、本作の魅力は、登場人物が誰も「万能な凄キャラ」として描かれていないことである。多田はもちろんのこと、『クレオパトラの夢』に登場した恵弥の双子の妹など、気を抜くと恵弥も出し抜かれてしまう人物が多数出現するなかで、恵弥もふくめて誰もが、思い込みや感情の偏りによって、いともたやすくミスを犯す。知性と行動力によって、どんな事件も最終的には切り抜けていくけど、ひとりで何もかもを成し遂げられる人など一人もおらず、ときに会話がカギとなり、ときに不意の出会いに助けられ、一人では決してたどりつけなかったラストへと、物語は運ばれていく。
それほど、おしゃべりというのは、何かを知ろうとする好奇心というのは、重要なものなのだと本シリーズを読んでいると、つくづく思う。誰かのほんのちょっとの好き嫌いが、世界をゆるがす命運をにぎることがあるのだということも。『MAZE』では、恵弥が女言葉を使うのは、単にしっくりくるからだけではなく、生き抜くための、そして交渉するための戦略の一つでもあるということも語られる。誰かと向き合い、言葉を交わすということは、どんな機密にもまさる「情報」なのである。

ところで、こんなにもあからさまな地名をなぜアルファベットでぼかすのか、と不思議に思う人もいるだろう。公言されているわけではなく、これはただの推測にすぎないが、恩田さんは「ありえたはずの世界」を描こうとしているのではないか、とシリーズを一気に読み返して、ふと思った。あるいは、私たちが今、確かにあると信じている現実は、いつなんどき、揺らされてまやかしのように消えてしまうかもしれない不確かさをはらんでいて、見方をほんのちょっと変えるだけで、まるで違う情景が広がるのかもしれない。今ここであり、今ここではない場所。そんな場所へのいざないを、恩田さんは描いているのではないか。
深読みのしすぎかもしれない。だけど、どこまでも世界を掘って深読みをしたくなる魅力に、恩田さんの織り成す会話劇と世界は満ちている。
■書誌情報
『傾斜のマリア』
著:恩田陸
価格:1,980円
出版社:双葉社
























