京都の春は変化の季節? 『謎解き京都のエフェメラル』最新5巻はぬくもりが愛おしい“三角関係もの”に

『謎解き京都のエフェメラル』5巻レビュー

 泉坂光輝が贈る、ことのは文庫の人気シリーズ『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル』。著者のデビュー作でもあるシリーズ1巻は発売後即重版となり、順調に巻を重ねて2026年4月20日に最新5巻『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル 春立つ霞の恋心』が発売された。

 今回は、さまざまな優しいミステリを送り出してきたことのは文庫の中でも一際存在感を放つ本作の魅力を改めて振り返りつつ、最新5巻の読みどころを紹介したい。

日常の場である京都の魅力に満ちた、心優しい物語

『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル 春立つ霞の恋心』(泉坂光輝/マイクロマガジン社)

 京都は東山区、神宮道の西側の小路。かつて法律事務所だったそこには、現在「あなたの失くしたもの、見つけます」と書かれた木札が掛けられている。

 弁護士志望の大学生・高槻ナラは、亡き祖父から事務所を引き継いだ探偵・春瀬壱弥の世話を焼くために定期的に事務所を訪れていた。それというのも、壱弥は生活力がなく一週間も放っておけば事務所は散らかり、ろくに食事もとらない不摂生ぶりなのだ。

 そんな「ぐうたら探偵」こと壱弥のもとへ友人の悩みごとを持ち込んだことをきっかけに、ナラは彼の助手として調査を手伝うことになる。

 捜しものを得意とする探偵・壱弥のもとへ持ち込まれるのは、連絡が取れなくなった同級生や黒猫の行方、かつて本をくれた人を探したいといった「日常の謎」だ。

 壱弥が繙く謎の先には、いつも人の心がある。謎の解決を通して依頼人の大切なものを取り戻そうとする壱弥の推理は、まるで手のひらからこぼれ落ちてしまったさみしさを拾い上げるように優しくあたたかい。

 タイトルの「エフェメラル」は"はかないもの"を指す言葉で、謎に秘められた人の想いや一瞬一瞬の感情を丁寧に切り取るこの作品の本質をよく表している。

 京都を舞台にした物語が数ある中でも、本作はとりわけ日常の場としての京都にフォーカスしている。京都にゆかりのある著者ならではのまなざしがいかんなく発揮されており、さながら京の町を歩いているかのように楽しめる。作中には歴史と文化が息づく京都の風物詩が織り交ぜられ、随所にちりばめられた「知っている人にはわかる」店の描写が読者と物語の距離をひと息に近くする。くろのくろによる、情景を四季とともに切り取った装画に彩られた「謎解き京都のエフェメラル」は、ナラと壱弥たちの物語と読者の日常とがゆるやかに繋がる物語なのだ。

巻を重ねていくことで緩やかに変化していく関係性の妙

 「謎解き京都のエフェメラル」は、1〜2巻が夏、壱弥の過去と痛みが明かされる3巻が秋、ナラが壱弥への想いをはっきりと自覚する4巻が冬を舞台にしている。最新5巻で物語は春を迎え、ひとめぐりした季節とともに物語にも変化が訪れる。

 5巻は、引退した元俳優のもとに届く手紙の差出人を探す「流し雛とおぼろの記憶」、1巻の前日譚「祖父と春色の宝箱」、桜の季節に会うはずだった写真家の行方を追う「花明かりの幻影」、ストーカーに悩む依頼人の姿に壱弥の過去が重なる「山吹と揺れる想い」を収録。

 中でも、大学進学を控えたナラが亡き祖父から届いた荷物について壱弥に相談する過去編「祖父と春色の宝箱」は必読だ。1巻から登場しているナラの愛用品にまつわるエピソードでもあり、亡き祖父を間に挟んだ二人の関係を深掘りする物語となっている。

 探偵とそのお世話係兼助手である壱弥とナラの関係は、巻を重ねるとともに緩やかに変化してきた。

 ナラは壱弥への恋心を自覚して一度振られてもいるのだが、いつか彼にとって家族のような存在になりたいと考えている。一方、両親の死や夢を途絶せざるを得なかった過去と少しずつ向き合いつつある壱弥には、まだ大切な存在を持つことへの恐れがある。

 さらに、5巻では壱弥を「兄さん」と呼ぶ幼なじみであり、古典文学への造詣の深さで謎を解く手がかりを見出す呉服屋の若旦那・大和路主計がナラへの想いをはっきりと口にする。

 ……と書くといわゆる「三角関係もの」の構図を思い浮かべそうになるのだが、本作の場合は少し趣が異なる。本作で描かれる関係性では、あくまで人と人としての尊重に重きが置かれているからだ。

 壱弥が十一歳年下であるナラを大切な存在と認めながらも告白を断ったのは、過去からくるためらいだけでなく、彼が誠実な大人として在りたいがゆえでもあるだろう。

 主計がこれまで壱弥にはナラへの想いを隠していなかったのは信頼と友情の表れで、壱弥もまたそのことを承知している。振られたナラを慰める主計は、失恋をつけ込むチャンスだとは捉えない。ナラもまた、自分なりに壱弥に寄り添う道を模索する。

 そんな優しい彼らだからこそ、読者は勝手に気を揉んでしまうのだが……恋愛感情がすべてにおいて優先されるのではなく、これまでに積み重ねられた時間と関係性が大切にされている物語だからこそ、信頼して読み続けたいと思えるのだろう。

 人と人の関わりが生むぬくもりが心地良い本シリーズが、ふたたび夏を迎えたときにいったいどのような揺れ動きを見せてくれるのか、続刊を楽しみに待ちたい。 

■書誌情報
『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル 春立つ霞の恋心』
著者   :泉坂光輝
イラスト :くろのくろ
価格   :803円(税込)
発売日  :2026年4月20日
出版社  :マイクロマガジン社
特設サイト:https://kotonohabunko.jp/special/ephemeral/

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