ホラーの帝王が描く「美しい人生賛歌」とは? キングにしか書けない、「不思議と感動」の正体

ホラーの帝王が見せる「感動と不思議」
人の平均的な一生の長さは、960カ月らしい。これは80歳まで生きると仮定した数字だが、怪我や病気をして不本意な形で一生を終えることだってあるのだから、実際もっと短いかもしれない。例えば、チャールズ・“チャック”・クランツのように末期癌になって39歳でその一生に幕を閉じる、とか。
スティーヴン・キングの新著『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』(文藝春秋)は、そんな1人の男の生涯を3つの章で描く表題作と、ちょっぴり温かくてヒンヤリとする老人と少年の交友を描いた「ハリガンさんの電話」の2篇を収録した短編集だ。どちらも、もともとは副題につけられた「イフ・イット・ブリーズ」という作品に収録された4篇のうち「不思議」と「感動」を描いた2篇であり、すでに映像化もされている(『ハリガンさんの電話』はNetflixにて配信中、表題作は『サンキュー、チャック』のタイトルで5月1日より劇場公開)。もう2篇はホラー系として5月27日発売の『もし血が流れれば イフ・イット・ブリーズ』(文藝春秋)に収録される。
特に、この「チャックの数奇な人生」「ハリガンさんの電話」の2篇は不思議&感動系の作品としてそれぞれがキングらしい味わいのある作品となっている。ホラーの帝王と呼ばれる彼の著書の中でも『刑務所のリタ・ヘイワース』(映画『ショーシャンクの空に』の原作)や『グリーンマイル』、そして『アトランティスのこころ』の作品群に位置する、といえばわかりやすいだろうか。
文明の利器がもたらした、喪失と成長のノスタルジー

「ハリガンさんの電話」は田舎町に暮らす少年クレイグが、世捨て人の大富豪ハリガンに本の朗読をするアルバイトがきっかけで始まる物語だ。このハリガンが、なんとも絵に描いたような無愛想な老人なのだが、誕生日や季節のイベントごとにスクラッチくじを同封したメッセージカードを送ってくれるような、なんだかちょっとワクワクしてしまう人でもある。一方、クレイグも理知的で早熟、そして素直な少年であり、そんな彼をハリガンも買っている。物語はクレイグの視点で描かれ、その多くが2人の会話劇となるのだが、それが一息に読めてしまうくらい面白い。やはり老人と子供を書かせたら、キングの右に出るものはいないのだ。
クレイグの朗読バイトは2004年に始まるのだが、その数年後に物語の中でiPhoneが登場する。iPhoneを持つ子と持たない子で属するグループが変わってしまうくらい、子供たちは新たなテクノロジーに夢中だった。クレイグも例外ではない。クリスマスに父親にプレゼントされ、踊るような気分だった彼に、さらなる奇跡が訪れる。ハリガンがいつもくれるスクラッチくじが当たって、3000ドルを手に入れたのだ。クレイグはその恩返しに、ハリガンにiPhoneの最新機種をプレゼントする。
しかし、ハリガンはクレイグと違って新たなテクノロジーに対して警戒心を持っていた。
ハリガンの引用するヘンリー・ソローの言葉「人が物を所有するのではなく、物が人を所有する」は、まさにキングがこれまでの作品に忍ばせてきた彼自身の信条であり、それと同時に今やSNSの虜となってしまったキングの降伏宣言でもあるのが、なんとも人間らしくて良い。
ハリガンもまた次第にiPhoneの便利さに惹かれ、クレイグに使い方を教わりながら2人の絆はより深まっていく。ところが突如として、氏は帰らぬ人となってしまうのだ。悲しみに暮れ、彼を悼んで棺の中にこっそりハリガンのiPhoneを忍ばせたクレイグは、寂しくなってハリガンに連絡をする。すると、なんと死んだはずの彼からメッセージが届くようになるのだ。本作は「死者との通信」というホラーめいた設定を入り口にしながらも、その根底には、大切な人の喪失とどう向き合うかという、思春期の少年の繊細な心の機微が丁寧に描かれている。
「ありがとう、チャック!」 謎の広告と世界の終焉
一方の表題作『チャックの数奇な人生』は、39歳で脳腫瘍によってこの世を去る男・チャックの生涯を、死から誕生へと「逆回し」で辿っていく異色の構成が光る一編だ。物語は、異常気象で世界が崩壊へと向かう中、なぜか街中に「素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック!」という謎の広告が溢れかえるディストピア的な第3幕から幕を開ける。そこから時間を遡り、ボストンの路上でドラマーの刻むビートに乗ってチャックが多幸感あふれるダンスを披露する第2幕、そして祖父母と暮らした幼少期に、不気味な屋根裏部屋で“ある秘密”を知ってしまう第1幕へと続いていく。一見すると終末SFのようだが、実は一人の人間の「内なる宇宙」の消失を描いた、息を呑むほど美しい人生賛歌となっている。
本作は、時系列を逆転させた構成の妙と、物語の正体が明かされるサプライズこそが醍醐味だ。そして、映画『サンキュー、チャック』は原作の構成を踏襲しつつも、映像ならではの視覚的なミステリー要素や、余白の描き方が際立っており、数あるキング映像化作品の中でも圧倒的な傑作に仕上がっている。
いずれの作品も、現実にありそうでない、でもやっぱり「そんなこともあるかもしれない」と思ってしまう……そんな不思議とちょっぴりの恐怖が入り混じった、キングらしい物語。ぜひ映画と共に楽しんでほしい。
■書誌情報
『チャックの数奇な人生 イフ・イット・ブリーズ』
著者:スティーヴン・キング
翻訳:安野玲、高山真由美
価格:2,970円
発売日:2026年4月23日
出版社:文藝春秋

























