千街晶之のミステリ新旧対比書評・第5回 泡坂妻夫『乱れからくり』×阿津川辰海『紅蓮館の殺人』

(左から)泡坂妻夫『乱れからくり』(東京創元社)阿津川辰海『紅蓮館の殺人』(講談社)

■映画『探偵〈スルース〉』に影響された国産ミステリ  

 前回から続く話題だが、映画『探偵〈スルース〉』の影響が垣間見える国産ミステリ小説として、島田荘司『斜め屋敷の犯罪』よりも更に早く発表されたのが、泡坂妻夫の第2長篇『乱れからくり』である。1977年に幻影城ノベルスから刊行され、現在は創元推理文庫の新装版で読める。

泡坂妻夫『乱れからくり』(東京創元社)

  調査会社社長の宇内舞子と新入りの部下・勝敏夫は、玩具メーカー「ひまわり工芸」の製作部長・馬割朋浩からある依頼を引き受けるが、朋浩は舞子と敏夫の眼前で奇禍に遭って死亡、やがて馬割一族が彼らの邸宅「ねじ屋敷」で次々と殺害されてゆく……。和洋の玩具やからくりに関するペダントリーで彩られた、絢爛たる本格ミステリ長篇である。

 『斜め屋敷の犯罪』と『乱れからくり』には、シュヴァルの理想宮、バイエルン王ルートヴィヒ2世、からくり儀右衛門こと田中久重など、作中で言及される共通の固有名詞が少なからず存在するけれども、『斜め屋敷の犯罪』とは異なり、『乱れからくり』の作中には『探偵〈スルース〉』への言及はない。しかし、『探偵〈スルース〉』にインスパイアされたことを類推させる箇所は複数ある。まず、「ねじ屋敷」の庭園にはイギリスのハンプトン・コート宮殿にあるような生垣の迷路が存在するが、これは『探偵〈スルース〉』のワイク邸にある生垣の迷路を意識したものだろう。また、第3の殺人の直後の「部屋一杯が歯車の音で満たされた。いくつもの時計が刻を知らせ始めたのだ。オルゴールが響き、時計の人形が動き廻った。別の時計の窓が開き、奇怪な獣が顔を出して吠えた」という描写は、『探偵〈スルース〉』のラストを想起させる。なお、1991年に文春文庫から刊行された『ミステリー・サスペンス洋画ベスト150』のアンケートで、泡坂は『探偵〈スルース〉』を10位に推している。

  一方、『乱れからくり』が『探偵〈スルース〉』と全く異なるのは「和」の要素だろう。連続殺人の舞台「ねじ屋敷」は五角形の尖塔がある左右非対称の洋館として描かれているが(なお、この小説が1979年に映画化された時と、1982年にドラマ化された時は、「ねじ屋敷」のロケ地はいずれも東京都北区の旧古河庭園の洋館だった)、作中では、江戸時代から昭和に至る日本の玩具やからくりが紹介され、それが本筋の連続殺人にも関わってくる。玩具が零落した武士階級によって作られていたなど、日本史と玩具の思わぬ関連を知ることもできるし、中でも江戸時代の発明家・大野弁吉が加賀の商人・銭屋五兵衛と親交があったという史実は、物語に巧みに採り入れられている。こうした「和」の要素と館ミステリのブレンドは、紋章上絵師を家業とする著者としてはごく自然な着想だったのだろう。

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