林真理子が濃密なディティールで描く“70代の生活”のリアル 『80代になるとたいていボケるか死ぬ』ベストセラーに

林真理子も70代 老いの平等と変わらぬ野心

Amazonベストセラー漂流記

 6月4日のAmazon売れ筋ランキング「本」部門で18位に入っていたのが、林真理子の『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』(幻冬舎新書)である。作家・エッセイストの林真理子が、70代となった自らの心境や現在の生活について書いたエッセイだ。

容赦なく訪れる「老い」のリアルなディテール

林真理子『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』(幻冬舎新書)

 まず、とうとうあの林真理子も70代に……という感慨がある本だ。1980年代初頭から活躍している人なので年齢的にそのくらいなのは当たり前だが、つい先日日大の理事になったような……と思っていたらもう70代。月日の経つ早さに戦々恐々となる。

 しかし歳を重ねたとはいえ林真理子、『スカーフェイス』のトニー・モンタナのごとき野心と舌鋒の鋭さ、そして自らの人脈の派手さ・金回りの良さ・ブランド嗜好を特に隠そうともしない姿勢は健在である。大体『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』という長いタイトルが、いかにも林真理子だ。『70代は神様から与えられた特別な時間』だけでも本のタイトルとして成立するような気もするが、そんなユルくスピリチュアルなタイトルで終わらせず、「80代になったらお前ら全員ボケるか死ぬんだよ!」というパンチを入れてくるあたり、いかにもである。

 そんな本書は、全部で5つの章に分かれている。ざっくり分類すると「健康」「身だしなみ」「人付き合い」「お金」「残された時間」といったトピックについて、著者の経験や意見について書かれているという内容だ。さすがにエッセイの名人が書いているだけあり、本人の「これが70代の世界か!」という驚きが濃密なディテールの描写とともに伝わってくる。特に、観念的な話ではない「健康」についての章のディテール描写は、非常に興味深い。手がガッサガサになるので映画館で映画を見ながらハンドクリームを塗り、握力が落ちてペットボトルの蓋が開けられなくなったのを飲料メーカーのせいにしそうになり、咀嚼力が落ちてタコが噛みきれなくなる。「年をとるとやたらと歯にものが挟まる」「キャリーケースを持って歩くのが危なくなる」といった知られざる(というわけでもないんでしょうが)老人の生活のディテールにいちいちひっかかり、「なので私はこうしている」という林の工夫が綴られるところは驚きも感じつつ読んだ。

 恐ろしく普通なことが随所に書かれているのにも驚かされる。なんせ「寝る前にスマホを見てはいけない」「ご馳走になりっぱなしではいけない」といったトピックが文章のタイトルになっているのである。そりゃそうでしょうねえ……と言いたくなるが、そういったタイトルが特に「健康」の章に集中しているのも興味深い。年を取れば体にガタがくるもので、ガタがくる場所は大体どんな老人も同じであり、林真理子ですらそういった老いによる不調の均一性からは逃れられないのだ。本当に老いだけは全ての人間に平等なのである。

老いて変化するもの、変化しないもの

 一方で、林真理子のエッセイらしい鼻っ柱の強さや独特の美意識を感じさせるところも多い。特に「身だしなみ」について書かれた章は、これでこそという感じである。老婆のノースリーブ姿に苦言を呈し、他人の整形に文句をつけ、高齢になって急に着物を身につけようとする人間に「そんなに甘いものではない」と指摘するあたり、この人はこうでなくては……という気持ちになる。とにかく「他人からどう見られるかが気になって仕方ない」「歳のせいでみっともないことになるのだけは勘弁」という思いが随所にほとばしっており、読んでいる方としては「誰も年齢には勝てないんだし、そこまで気にしなくてもいいんじゃないですか」という気持ちにもなるが、そこにこだわることこそが林真理子という人の個性なのだろう。

 そういったこだわりに関して言えば、身だしなみ以外にもうひとつ、人間関係についても書かれている。本書の中には、随所に「自分は面白い人間なので、色々な人から食事やイベントに誘ってもらっている」という主張が書かれているのだ。本人にお会いしたことがあるわけではないが、林真理子が面白い人間なのは多分間違いないだろう。しかしそれを堂々と自分で書き、さらに「なので人からたくさん誘われています」と悪びれもせずに主張するあたり、さすがである。

 この本を読んで見えてくるのは、いったい人間は年をとるとどのあたりが変化し、どのあたりが変化しないのかという点である。体にはもちろんガタがくる。それをケアするために、生活のスタイルを変化させなくてはならないところも多々あるだろう。しかし、70代になっても頭の中は驚くほど変化がないことが、本書からは見えてくる。70代になって「スマホを夜に見るのはやめよう」となっても、やはり林真理子はあの林真理子であり、鼻っ柱は強いままである。そしておそらく、これは多くの人に当てはまることのはず。70代になったからといっていきなり性格や考え方が変化することなんて、多分ないのだ。

 そうは言っても、この本はまだ頭も体もある程度は元気な70代の生活について書かれたものなので、例えば80代になったり90代になったりすれば、また別の景色や感慨が生まれてくるものだと思う。しかし本書は少なくとも「誰しもに待っている『老い』という現象の本格的な入り口について、林真理子が体を張って書いてくれた本」ということは言えるはずだ。少なくとも自分は読後、「もしこれからも大きなトラブルなく生きていくとして、70代前半くらいまではなんだか大丈夫そうだな」という気持ちになった。個性の強い著者が書いたからこそ、老いることで変化すること/変化しないことについて迫ることができた一冊だと思う。

■書誌情報
『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』
著者:林真理子
価格:1,034円
発売日:2026年5月27日
出版社:幻冬舎
レーベル:幻冬舎新書

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