デヴィッド・ボウイには冴えない時代もあったーー愛あるツッコミ目線でボウイの人間臭さを描く『デヴィッド・ボウイ 増補新版』

増補新版『デヴィッド・ボウイ』を読む
野中モモ『デヴィッド・ボウイ 増補新版——変幻するカルト・スター』(ちくま文庫)

 希代のロック・スター、デヴィッド・ボウイが、2016年1月10日に69歳でこの世を去ってから10年が過ぎた。死後には翻訳書も含め、ボウイに関する様々な書籍が出版され続けている。なかでも、彼の生涯と作品を知る意味では、野中モモ『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』(ちくま新書、2017年1月刊)が、コンパクトに整理された好著だった。

 著者は、生前に行われたボウイの大規模な回顧展『デヴィッド・ボウイ・イズ』の分厚い図録を翻訳した経験があり(2013年、スペースシャワーブックス)、このアーティストの全体像を語るのにふさわしい立場だったといえる(野中はボウイ関連書籍では、マイク・エヴァンズ『ボウイ・トレジャーズ』も訳している)。

 そして、没後10年のタイミングで『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』が、全編に大幅な加筆修正をしたうえ、死後の関連事項に関する章を増補した新装版となって、ちくま文庫から発売された。増量されたといっても、文庫で300ページと相変わらずコンパクトである。だが、編年体の評伝の形をとった本書の情報量は多い。しかも読みやすい。やはり好著である。

ギラギラからキラキラへ 変幻するスター

 デヴィッド・ボウイといえば、異星人のロック・スター=ジギーを演じた『ジギー・スターダスト』(1972年)で脚光を浴びたカルト・ヒーローだった。奇抜なメイクと衣裳で注目されたグラム・ロックの代表的存在であり、ユニセックスな魅力を放っていたのだ。一方、『レッツ・ダンス』(1983年)の世界的ヒット後は、わかりやすくカッコいい大衆的スターになった。彼にはこれら二つの黄金期があり、どちらも輝いていたイメージである。擬音でいうと、非日常的なコンセプトと異様なヴィジュアルを打ち出した前者はギラギラ、親しみやすいポップ・スターとなった後者はキラキラといった感じか。

 また、ボウイはソロ・シンガーでありながら、アルバムの半分をシンセ主体のインストが占めた『ロウ』(1977年)、『ヒーローズ』(同)という実験作をリリースし、次世代に大きなインパクトを残してもいる。

 そもそも彼は、ロックンロール、フォーク、ファンク、クラウト・ロック、ニュー・ウェイヴ、インダストリアル、グランジ、ドラムンベース、ジャズなど、時代ごとに様々な要素をとりこみ、音楽性を次々に変化させたのである。初期の有名曲「チェンジス」=変化は、彼の代名詞でもあった。

ボウイの人間臭さを浮き彫りにする一冊

 本書は、ボウイが変化を重ね、ギラギラやキラキラを実現し、計算された幕引きを図って亡くなるまでをたどる。作品やライヴ・ツアー、映画や舞台への出演などをふり返るのはもちろん、リンゼイ・ケンプのパントマイムやウィリアム・バロウズのカットアップ手法、戦前のドイツ文化など、ボウイがなにから影響を受け、なにに興味を持ったのかを書きとめていく。逆に、Pファンクやパンク、グランジなど、ボウイが影響を残したり彼に共感したりしたアーティストやジャンルにも言及する。そのなかには、ボウイをモデルにするなど、創作のインスピレーションにした日本の少女マンガ群(木原敏江、池田理代子、大島弓子など)も出てくるのだ。

 音楽界の動向、時代背景、人間関係、創作をめぐる影響関係といった複数の要因を、著者はバランスよくすくいあげる。バランス感覚といえば、書く対象に愛があるからといって、ひいきの引き倒しになっていないのもよい。著者は、あとがきで「デヴィッド・ボウイ本人を含めてどいつもこいつも微妙にサバを読みすぎだということ」と書いている。音楽関係者の談話というと、ノリで大言壮語していることも少なくない。それに対し、本書第1章では、デビュー前をふり返った本人のインタビュー発言に対し、「もしかしたらこの発言には、『多文化主義で早熟なストリート育ちの不良』的なイメージを強調する狙いで『フカしている』部分があるかもしれない」と冷静に評している。この種の「ツッコミ」目線を時おり入れることが、本書を面白くすると同時に、彼の人間臭さを浮き彫りにしてもいる。

デヴィッド・ボウイのキャリアを語る「作法」

 本書でも触れられているが、ボウイはスーパースターと化した頃にシングル曲「ブルー・ジーン」(1984年)に関し、「ジャジン・フォー・ブルー・ジーン」という物語仕立てのミュージック・ビデオを制作した。それは、ジギー時代のボウイを思わせる華やかなロック・スターと、そのライヴを恋人とともに観にきた冴えない男を、ボウイが1人2役で演じたものだった。劇中の2役の落差の大きさは、デフォルメされたものだが、本書を読むとその二面性は本人にもあったのだと思いあたる。

 ボウイの最初のヒットらしいヒット曲は1969年の「スぺイス・オディティ」だが、そこに至るまでの下積みは意外に長い。1964年に本名のデイヴィー・ジョーンズを使ってバンドでデビューしたものの売れない。この時期に「長髪男性への虐待を防止する会」なるものをでっちあげ、BBCのバラエティ番組に出演した話など滑稽でおかしい。その後、バンドで試行錯誤し、ボウイに改名してようやく成功の糸口をつかむまで時間がかかっている。

 また、変化を繰り返し、注目を集めたその後も1970年代には薬物中毒、1980年代後半には創作の低迷とポップ・スターからの転落、1990年代の復活後も2000年代には病気によるツアー中止から長期におよぶ隠遁状態という浮き沈みがあった。彼の人生をおさらいすると、キラキラやギラギラの時代ばかりでなく、冴えない時代もけっこうあったのである。それだけに、もう引退かと思われた頃に『ザ・ネクスト・デイ』(2013年)を突然発表し、姿を現さないままガラッとジャズへと方向性を変えた『★(ブラックスター)』(2016年)を誕生日に発表したとたんに他界した最期が、劇的に感じられた。

 本書でボウイの死を綴った部分には、「はたして彼は愛と死について大真面目に考える芸術家なのか。それともお調子者で成金趣味の遊び人なのか。強欲で抜け目のない商売人なのか。あらゆるはみだし者たちの守護聖人なのか」という記述がある。著者は、冴えなさにも、出来すぎに思えるドラマティックさにも「ツッコミ」目線を忘れない。それは、前記のような多面性で煙に巻こうとするボウイを追いかけるには、必要な作法だったのだ。

■書誌情報
『デヴィッド・ボウイ 増補新版——変幻するカルト・スター』
著者:野中モモ
価格:1,100円
発売日:2026年1月13日
出版社:筑摩書房
レーベル:ちくま文庫

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる