杉江松恋の新鋭作家ハンティング 神が主人公の推理小説『お稲荷さまの謎解き帖』

神が主人公の小説『お稲荷さまの謎解き帖』

 小説は器を準備しただけでは成り立たず、どんな登場人物を配するかが重要だ。

 朝水想『お稲荷さまの謎解き帖』(双葉社)は、小説の基礎とでもいうべき、そうしたキャラクター重視の技法がしっかり使われた連作短篇集である。

 舞台は東京のどこかにあると思われる稲荷社である。

——目が覚めると、三年経っていた。

 という奇妙な一文でこの小説は始まる。三年寝太郎という民話があるが、この物語の主人公である〈俺〉は三年が経過しても鏡を見ると、以前と寸分違わぬ「つるりとした少年の顔」と書かれているのだから、人間ではないことが明らかである。すぐに稲荷神であるということがわかる。神が主人公の話なのか、そうか。

 三年ぶりに拝殿に入っていくと、参拝客が来ていた。〈俺〉は神だから、手を合わせた人間の心の声が聞こえる。その人物、百瀬サヨコは真剣にこう願っていた。

(どうか、私が殺されますように)

 殺されませんように、ではない。〈俺〉も初めて聞く頼みである。

 第一話「神様、どうか私が殺されますように」は、こういう始まり方をする。いくら本人の頼みとはいえ、死が絡んだ願いというのは物騒である。しかし〈俺〉はこの願いを叶えなければならないのである。百瀬サヨコが〈誉人〉だからだ。

 〈誉人〉とは本作独自の設定である。三百年前、〈俺〉を含む何十人かの神が天界を統べる〈大神様〉に呼び出され、地上に降りて百人の〈誉人〉の願いを叶えるように命じられた。それが済むまでは天界に戻してもらえないのである。地上に降りた神の中でも〈俺〉は特に成績が悪く、これまで三百年で五件しか成就させられていない。その遅さに業を煮やしたのか、百瀬サヨコの願いを叶えられなければ神としての資格を剥奪すると大神様が通達してきた。〈俺〉は死に物狂いにならざるをえない。神は死なないけど。

 これが物語の大枠で、毎回〈俺〉は参拝客の奇妙な依頼に応えるため、その身辺を探ることになる。大神様から誉人に直接理由を訪ねたり、力を使ってしゃべらせたりすることを禁じられているためだ。つまり推理をしなければならない。

 推理小説というのは謎で牽引される物語で、一般小説とは因果の順番が逆転している。結果が先に明かされ、原因の一部、もしくはすべてが伏せられているため、謎に対する興味が生じ、真相が判明するまで読者はページをめくり続けることになる。最も典型的な謎は犯人捜しだが、長い推理小説の歴史の中でさまざまな発展形が開発されてきた。動機の謎もその一つだ。百瀬サヨコの「私が殺されますように」という願いの真意がわからないことが〈俺〉を、そして読者の心をざわつかせる。

 『お稲荷さまの謎解き帖』には4篇が収録されている。そのすべてが動機の謎、推理小説で言うwhydunitを扱っているのかといえば、厳密には違う。第二話「神様、どうか幽霊に会えますように」の依頼人の願いは、死んだ夫に会わせてもらいたい、というものだった。人間を復活させるような自然界の理に反することは神にも不可能なことなので、この言葉通りの願いは叶えられない。実は依頼人である丸来礼香の夫は何者かに殺されており、犯人はまだ捕まっていなかった。礼香の本当の願いはその犯人を捕まえるため、殺されるときに相手の顔を見たであろう夫にもう一度会いたい、ということだったのだ。というわけでこの話で〈俺〉がやらなければならないことは犯人捜し、whodunitということになる。

 依頼人が来てその望みを叶える、という定型はあるが、紋切型の展開にならずに毎回謎の質は変わっていく。そうしたことが可能になるのは、依頼人のキャラクターが毎回違うからである。器が同じでも、中に入る素材が変われば、違う料理になるのだ。

 作者はもう一つ、しっかりと小説の肝を押さえている。物語の初め、〈俺〉には神として二つの能力が与えられていることが明かされる。一つは「地上の生き物すべてに姿を変えることができる力」、もう一つは「人間の枕元に立てばその者を操ることができる力」である。たった二つ、なんでもできるわけではないのだ。

 特殊能力は主人公の個性であり、おもしろいことができればそれだけ物語の幅は広がる。しかし諸刃の剣で、なんでもできるのは読者にとってはなんにもおもしろくないということにもなる。全能の登場人物に共感することは難しく、窮地に陥ったとしてもどうせ能力で助かってしまうんだろう、と他人事に見られてしまう。能力を持たせすぎてはいけないのである。

 作者はこの原則を熟知していて、物語の後半では〈俺〉の二つしかない能力をさらに絞る手に出た。ゆえに〈俺〉は、足を使って情報を集めなければならなくなる。これは本当に探偵そのものである。ただ、中身が人間ではなくて神であるというだけだ。

 眷属である狐から怠慢をなじられて〈俺〉は「願いが叶えられないのは俺のせいではないぞ。人間の謎が深すぎるのだ。嘘はつくし、本音とは違うことを言うし、何を考えているのかさっぱり分からん」と言い返す。「さっぱり分からん」人間を少しずつ理解していくという物語なのだ。器は神の物語だが、そこで動き回る主人公は限りなく人間の方に近い。だからこそ話はおもしろくなり、読者も興味を持つのである。

 作者の朝水想は本作の第一話である「神様、どうか私が殺されますように」で第46回小説推理新人賞を受賞した。本書が初の著作である。新人ではあるが、上に述べたような小説執筆の肝、登場人物を描くのに必要な人間観察力にはしっかりとしたものを感じる。奥付のプロフィールによれば1975年生まれで、出版社勤務の後に旅行関連の分野でライターとしても活躍中の人であるという。保作はファンタジー要素のある小説だが、どのようなものでもこなせそうだ。人間を描く作家であり続けてもらいたい。

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