杉江松恋×千街晶之×若林踏、2025年度 国内ミステリーベスト10選定会議 『失われた貌』や『白魔の檻』など注目作の順位は?

毎年恒例の〈リアルサウンド認定国内ミステリーベスト10〉。投票ではなく、千街晶之・若林踏・杉江松恋という3人の書評家がすべてを読んだ上で議論で順位を決定する唯一のミステリー・ランキングです。2025年度についても2024年12月17日に選定会議が開かれ、以下の11作が最終候補として挙げられました(奥付2024年11月1日~2025年10月31日)。この中から議論により1位の作品が選ばれました。選考の模様をお届けします。
『失われた貌』櫻田智也(新潮社)
『彼女たちの牙と舌』矢樹純(幻冬舎)
『神の光』北山猛邦(東京創元社)
『午前零時の評議室』衣刀信吾(光文社)
『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理』三津田信三(KADOKAWA)
『さよならジャバウォック』伊坂幸太郎(双葉社)
『探偵機械エキシマ』松城明(KADOKAWA)
『白魔の檻』山口未桜(東京創元社)
『ブレイクダウン』砂川文次(講談社)
『目には目を』新川帆立(KADOKAWA)
『夜と霧の誘拐』笠井潔(講談社)
基準点となる仮の5位を決める
杉江松恋(以下、杉江):議論を始めるにあたって、今年もまず基準点となる仮の5位を決めておきたいと思います。
若林踏(以下、若林):櫻田智也『失われた貌』でどうでしょうか。各種ベスト10の1位になりましたが、ミステリーとしてスタンダードなことを忠実にやると、ここまで整った作品になってみんなに読まれるということを示した点を評価したいと思います。
杉江:なるほど、了解です。ではその上下に作品を配置していくわけですが、提案としてまず、笠井潔『夜と霧の誘拐』は4位以上に置いておいたらどうかと思います。
若林:私もそう思います。この矢吹駆シリーズは実在の人物をモデルとした思想家を毎回登場させて主人公と言論対決をさせる。その部分とミステリーとしての要素、そして現代の世相と相照らす同時代性というものが三位一体となっている点が大きな魅力ですよね。そのプラスアルファの部分が抜きんでている。
千街晶之(以下、千街):矢吹駆がものすごく親切に情報を整理してくれているので、読者もある程度までは真相に辿り着ける。本格ミステリーとしては非常に正しい構造になっていることもやはり評価したいと思います。
杉江:推理の楽しさという意味では三津田信三『寿ぐ嫁首』も評価したいです。
若林:この〈怪民研〉シリーズでは探偵が自分からいくつも推理を出してきて、一人多重解決ミステリーとでもいうべき構造になっているんですけど、その中途過程の推理にも魅力があって捨て推理がない。満足度が高いですね。
千街:ユーモラスな箇所は笑える作品なんですけど、三津田さんだから怖い箇所は本当に怖い。今回の候補作でホラー要素のある作品が他にないので、残した意味は大きいです。
若林:ホラー要素のあるミステリーは現在隆盛を誇っているわけですが、三津田さんは2001年デビューですから、もう四半世紀もそれをやり続けている先駆者ですよね。
杉江:実に技巧の多い作家です。というわけで仮に『夜と霧の誘拐』『寿ぐ嫁首』を3・4位に置いてみましょう。技巧の多さということで言えば、今年目立った作品はやはり新川帆立『目には目を』だと思うんです。どんな技巧を使っているか、ということはネタばらしになるからここでは言えないのだけど、感心しました。
若林:技巧の多さという意味では上位作品はみなそうなんですけど、伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』はちょっと方向が違うというか。これは作者の25周年記念作品ですが。
杉江:言うならばベテランスターが「自分のヒット曲全部歌います」と宣言したコンサートみたいなものですよね。伊坂さんが過去作でやってきたことがみんな詰め込まれていて。
千街:手数の多さという意味で言えば、やはり矢樹純『彼女たちの牙と舌』に言及すべきではないかと思います。
杉江:矢樹さんは家庭を舞台にしたドメスティック・スリラーなど関係性が近い人々の間で起きる事件を描いて〈イヤミス〉と言われることもある作家なんですけど、そういう雰囲気で括るんじゃなくて、作家が何をやろうとしているのかという意図的な挑戦の部分を評価すべきだと思っています。それが成功しているかどうかということですね。
若林:矢樹さんが評価されることになったきっかけは短篇でした。今杉江さんが言われたような〈イヤミス〉的な雰囲気で評価されそうになったときに、いやいやそういう目で見ている読者を翻弄してやろう、という意欲的な短篇を書かれたんですよね。それを長篇の分量でやったら何ができるか、という新しい挑戦の所産が『彼女たちの牙と舌』だと思います。
杉江:では『彼女たちの牙と舌』と『目には目を』を暫定1・2位に置いてみます。こうして見ると新鋭作家が何人かいますね。日本ミステリー大賞新人賞の衣刀信吾『午前零時の評議室』、山口未桜『白魔の檻』は2作目ですが、デビューから1年以内に発表されました。
千街:私は山口さんは前作『禁忌の子』のほうが好きなんですけど、これはこれで本格ミステリーとしての完成度は高いですし、病院をクローズドサークルの舞台にするにはどうすればいいかという着想には感心しました。
杉江:候補作の中では砂川文次『ブレイクダウン』だけが純粋な犯罪小説なので孤立しているように見えます。しかし実は、小説が扱っているテーマは『夜と霧の誘拐』とも共通する部分がある。小説はテーマだけで語るべきものではなくて、そのテーマを持った作者がどのように作品に昇華していくかが重要なので、まったく違う形になるのは当然なんですよね。展開で言えば、次から次に何が起きるかわからないという点では『彼女たちの牙と舌』とも被る部分があります。スリラーとしての要素を持っているというこどですね。そんなに上位にしてもらわなくてもいいんですけど、たとえば他とまったく違うという共通点のある松城明『探偵機械エキシマ』よりは上にしてあげてもらいたいです。
千街:(笑)。『探偵機械エキシマ』は他のランキングではまったく言及されていなくて、こうも引っかからないものかと驚いたんですが、連作短篇集としての構成も、各話の出来もいいですし、10位または次点でもいいから残しておきたいというのが個人的な気持ちです。
杉江:では暫定的に6位『白魔の檻』7位が北山猛邦『神の光』8位『午前零時の評議室』9位『ブレイクダウン』10位『探偵機械エキシマ』次点『さよならジャバウォック』とします。各ベスト10の上位に入った話題作対決ということで5位『失われた貌』と7位『神の光』はどちらを取りますか。前者は〈顔のない死体〉、後者は〈消失〉テーマでミステリーとしてそこまで斬新とは思わないですけど、本当に読みたいものを読ませてくれたという点で好感を持っています。
千街:今回短篇集があまり残っていないということもありますし、好みでは『神の光』です。
若林:私も『神の光』です。今、斬新さはあまりないということをおっしゃいましたが、読んでいて、そこをそうやるんだ、と驚かされた点がありました。どこが、と言ってしまうとネタばらしになってしまうので歯がゆいんですけど。
伊坂幸太郎『さよならジャバウォック』をどこに置くか
杉江:では『神の光』を5位に入れ替えましょうか。そうすると6位『白魔の檻』7位『失われた貌』となりますが、この並びはいかがですか。
若林:私は『失われた貌』の方が上かと思います。この作品は登場人物の人物造形が重要で、それがミステリーとしての筋立てともすごく結びついているんですね。キャラクターを軸にしてミステリーの謎を書けるということを示した点を高く評価したいと思います。
杉江:なるほど。では6位『失われた貌』7位『白魔の檻』と入れ替えましょうか。なんとなく順位は安定してきた感がありますが、上位をもうちょっと見てみましょう。スリラーとしての『目には目を』『彼女たちの牙と舌』、謎解き中心の『夜と霧の誘拐』『寿ぐ嫁首』という二つのグループはこのままの並び順でいいかどうか、という論点もあるかと思います。暫定1・2位の『目には目を』と『彼女たちの牙と舌』は、どちらも挑戦作だけど他のベスト10ではそれほど上位に来てないですね。正直この2作が同率1位でもいいと思っていますが、たとえば『目には目を』をもう1つのグループの『夜と霧の誘拐』と比べたら、どちらを上にしたいですか。
千街:本格ミステリーにこだわるなら『夜と霧の誘拐』、ミステリー全般で言うなら『目には目を』だと思います。
若林:同意見です。笠井さんの文章が小説として素晴らしいのはもちろんなんですが、新川さんは技巧を尽くして読者に読ませるということに徹していますよね。そこを推します。
杉江:なるほど。新しい読者に、これがミステリーの面白さだということを示すことができる作品ということですね。ではちょっと話は変わりますが、今のところ暫定で次点に置いてある『さよならジャバウォック』。これは何位にしますか。先ほどまでの議論だと基準点である5位『神の光』6位『失われた貌』を抜くのは難しいように思うのですが、暫定7位『白魔の檻』と比べてどうか。私は『さよならジャバウォック』、この辺でいいと思うのですが。山口さんも伊坂さんの下です、と言われたら仕方ない、と納得してくれるのでは。
千街:そこは仕方ないでしょう。
杉江:というわけで7位以下を1つずつ繰り下げていきます。さて、暫定順位では今4位になっている『寿ぐ嫁首』です。これ、エンターテインメントとしては本当に充実した作品だと思うんです。ミステリーとしてはもちろん、ホラー要素もあり、笑えるところもありと。『目には目を』が小説として誠実に努力しているという話がさっき出ましたが、これもそういう意味では負けていない作品だと思います。『寿ぐ嫁首』と暫定1~3位の入れ替えはどうでしょうか。なんならこれが1位でもいいのではないかとも思います。
若林:今おっしゃったことで読み心地が『寿ぐ嫁首』の方が『目には目を』より上ではないか、という意見は同意してもいいんですけど、ただ、暫定1位の『彼女たちの牙と舌』は、ネタばらしになるのでぼやかして言うんですけど、一本調子になっていない構成に良さがあって、そこを取って最も上位にしておきたい気がします。
千街:私はまず、『目には目を』と『彼女たちの牙と舌』では僅差ですが前者を採ります。着地点がこれしかないというくらい決まっているということが根拠です。この2作はキャラクターの描き方にしても、最初はこう見えていた人物が読み進めると別の顔を見せるという技巧が秀でていて、甲乙つけがたいところがあるんです。そこに『寿ぐ嫁首』という別の評価基準もある作品が加わると、本当に難しい(笑)。さっきも言ったように、『目には目を』と『夜と霧の誘拐』だと前者、『寿ぐ嫁首』と『夜と霧の誘拐』だと後者なのです。『目には目を』は総合点がすごく高い、ということになろうかと思います。
杉江:わかりました。では『目には目を』を1位に置いてみましょう。そうなると暫定2位となった『彼女たちの牙と舌』と3位『夜と霧の誘拐』なのですが、まったく違うものを比べるので大変難しいですが、私は『夜と霧の誘拐』でしょうか。非常に大きな題材を扱われていると思うのですが、それを一般読者に向けて嚙み砕いて書いていますよね。視座を下げて理解しやすくなるその書きぶりをやはり評価したいと思うのです。
若林:『彼女たちの牙と舌』は読者の日常目線に合わせて、そこに生じる亀裂や不安を書き出しているんですよね。
杉江:ルッキズムに代表される、人を外見や属性で判断する風潮へのアンチテーゼにもなっていますよね。そこは高く評価したいと思います。
若林:『夜と霧の誘拐』は矢吹駆の本質直観推理を通じて、自分の外側にある大きなものに接続していく行為こそが小説を読む醍醐味だということを教えてくれる作品なんでよね。その点を考えるとやはり『夜と霧の誘拐』を上にしてもいいと思います。
杉江:では残る課題として『寿ぐ嫁首』をどこまで評価するか、なのですが。ここまでの議論でわかるように、上位4作は本当に横並びなんですよ。われわれの評点もほぼ同じだったわけで。
若林:さっきも言いましたように、『彼女たちの牙と舌』には読み味という点で高く評価するところがあるので、そちらを上にしたい気持ちがあります。
杉江:よくわかります。ただ、三津田信三という作家が今プロットの用い方一つとっても練熟の域に達しているということを私は重視したいと思います。ミステリーというジャンルを刷新していく試みを常にしている作家です。また、現在はホラーブームであると言われていますが、その中でこれこそがホラー・ミステリーである、というものを示し続けているという、その点は評価すべきではいかと思いもあります。
千街:なるほど、それを言われると『寿ぐ嫁首』が上でもいいかという気もします。
若林:そうですね。3位にするということで同意です。
杉江:よかった。では、議論は出尽くしたということで、これにて順位決定です。
■順位
1位『目には目を』新川帆立(KADOKAWA)
2位『夜と霧の誘拐』笠井潔(講談社)
3位『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理』三津田信三(KADOKAWA)
4位『彼女たちの牙と舌』矢樹純(幻冬舎)
5位『神の光』北山猛邦(東京創元社)
6位『失われた貌』櫻田智也(新潮社)
7位『さよならジャバウォック』伊坂幸太郎(双葉社)
8位『白魔の檻』山口未桜(東京創元社)
9位『午前零時の評議室』衣刀信吾(光文社)
10位『ブレイクダウン』砂川文次(講談社)
次点『探偵機械エキシマ』松城明(KADOKAWA)
議論の模様は以下のリンクからご覧ください。


























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