金属恵比須 × 伊東潤が語る、ロックと文芸の関係 『シン・武田家滅亡』発売記念イベントレポ

金属恵比須 × 伊東潤『シン・武田家滅亡』
金属恵比須『シン・武田家滅亡』

 日本のプログレッシブ・ロックをリードしてきたバンド、金属恵比須が12月5日、都内のROCK CAFE LOFTでトークイベントを催した。彼らは、文芸作品を題材にした曲が多く、2018年には伊東潤の同名歴史小説に基づいたアルバム『武田家滅亡』を発表している。今回のイベントは、同作をリマスターしボーナストラックを追加した『シン・武田家滅亡』の発売記念で行われたもの。高木大地(ギター、ボーカル)と稲益宏美(ボーカル)が、伊東潤をゲストに迎え語りあった。題して「金属恵比須 大忘年会2025 作家 伊東潤と闘え! プログレvs文芸 大合戦」。第1部では『シン・武田家滅亡』について、第2部ではロックと文芸の関係がテーマとなり、バンドの人事異動も発表された。

(取材・構成/円堂都司昭)

第1部 『シン・武田家滅亡』について

左、高木大地。右、伊東潤。

高木:伊東先生は『武田家滅亡』で2007年にデビューされましたけど、なぜ、武田勝頼を最初のテーマにしたんですか。一般的には武田信玄をとりあげそうですけど。

伊東:シェイクスピアの『オセロ』とか『リア王』とか、そういう悲劇がいいのではないかと思いました。信玄の小説はもういっぱいあったから、なかった勝頼を書いたんです。

高木:金属恵比須と伊東先生の出会いは、2016年12月。『レコード・コレクターズ』に伊東先生がイタリアン・ロックの記事を書かれて、なかで金属恵比須の名前を出してくださった。それで私がダイレクトメッセージを送って、飲みましょうとなり、コラボしましょうとお願いして快諾をいただいた。NHKの大河ドラマが『真田丸』で最終回の頃でした。私たちのコラボで『武田家滅亡』をアルバムにして、大河ドラマにしようと大きな目標を掲げました。

伊東:なかなか難しいんだよな(笑)。

高木:その『武田家滅亡』をリマスターし、ボーナストラックを4曲入れて『シン・武田家滅亡』としてリリースするんです。

(ここで新旧の聴き比べをする)

高木:旧『武田家滅亡』と比べると音が広がったし、一つずつの楽器がきれいに聴こえるようになりました。ボーナストラックにはライブ音源のほか、現メンバー(高木、稲益、ドラム=後藤マスヒロ、ベース=埜咲ロクロウ、キーボード&バイオリン=香珀)によるタイトル曲の新録音が入っています。

稲益:香珀さんのバイオリンもロクロウ君のベースもカッコいい。彼ら20代の若者が入って音も若返り、活きのいい感じになりました。

伊東:同じ曲を進化させるのはいいよね。その場合、だいたい暴力的になっていく。

稲益:暴力的(笑)。ライブでやりなれると、どんどん荒々しく激しくなっていく。

(アルバムの曲をいろいろ流す)

高木:収録曲についてうかがいましょう。「躑躅ヶ崎館」はどうですか。

伊東:こういうダークサイドの曲も金属恵比須の特徴だと思う。

高木:アルバムにはピアノ・ソロが2曲入っていて、「躑躅ヶ崎館」は私が弾いています。「大澤侯爵家の崩壊」は前メンバーの宮嶋健一。

稲益:超ハイグレードなピアノを河合楽器さんに貸していただいたんです(SHIGERU KAWAI)。

高木:「大澤侯爵家の崩壊」は、『武田家滅亡』のコンセプトとは別の曲で、三島由紀夫『月澹荘綺譚』の登場人物がもとになっているんですけど、ロクロウ君は、大澤侯爵を武田家の人だと思っていた。

稲益:侯爵は明治以降だし、戦国時代にはいない(笑)。

高木:今流れているのは「新府城」。

伊東:武田家の滅亡直前に勝頼が作った城です。それまでの武田家は躑躅ヶ崎館しかなかったけど、織田信長軍の攻撃が間近になって無理して城を作ろうとしたんです。ところが完成前に織田軍の侵攻が始まり、勝頼は新府城を捨てざるをえなかった。その無念をあらわした曲ですね。

高木:武田家滅亡は1582年。

伊東:その3月に武田家が滅亡し、6月に本能寺の変で信長が死ぬ。

高木:わずか3ヵ月で歴史が激しく動いた。新府城は、崖の上にあって要塞の立地としてはすごくいい。

伊東:でも、まだ屋敷しか使えなくて、防御施設としては全然ダメだった。もし武田家が逃げ切れば、歴史は違っていたかもしれない。

高木:次は「桂」。

伊東:北条氏から嫁いだ勝頼の奥さんのことですけど、本当の名前は伝わっていなくて桂林院という法名だけが伝わっている。だから『武田家滅亡』では名前を「桂」としました。「桂」は私の小説のみのオリジナルです。文献によると彼女は19歳で死んでいる。勝頼が「お前は北条氏からきた嫁だから小田原に逃げろ」と思いやったんですけど、「あなたと一緒に死ぬ」といって自害したんです。

稲益:北条と武田の仲はどうだったんですか。

伊東:同盟関係だったから、勝頼にも選択肢はあったはずです。僕は北条氏政を頼って小田原に逃げればよかったと思いますけど、そうせずに逃げようとして捕まってしまった。

高木:「内膳」を聴いてみましょう。

伊東:曲のもとになった小宮山内膳は、勝頼に献言して勘気を被り、一回追放のようになったけど、武田家がもう滅ぶとわかっていながら駆けつけて討ち死にした人です。

高木:小説のなかでキラリと光る人物でしたね。

伊東:彼の記録はあまり残っていないけど、小説ではそれを膨らませました。勝頼たちが新府城から出た時には1000人くらいいた家臣が、最後は40数人になった。もう駄目だと察すれば逃亡する者が出ますからね。そこに駆けつけたのが小宮山内膳です。

高木:「内膳」の歌詞を書かれたのは、伊東先生です。次の曲は「天目山」。

伊東:勝頼最期の地ですね。

高木:ドラムは軍隊的なマーチで織田軍が攻めてくるのを表現しています。「天目山」はツインドラムになっていて、東(右チャンネル)の武田軍と西(左チャンネル)の織田軍という設定になっています。『武田家滅亡』の作詞は、渋谷にあるカラオケのパセラで考えた。

稲益:伊東先生と高木と私が集まったんですよね。曲はできていて、紙に「〇〇〇〇〇〇〇〇〇」と丸が並んでいて、何文字入れなければいけないと決まっていた。タイトル曲のサビはもう「武田家滅亡」だったけど、それ以外をどうするか。でも、3人ともお酒を飲みたいから「早くやろう」という感じで、イタコに霊が降りたみたいに伊東先生が講釈師というか活動写真の弁士みたいにワーッと話し出して、「待って待って」といいながらすごい勢いでメモを書いて、音に言葉をはめていった。あっという間にできましたね。

伊東:この時は順調に歌詞が浮かだけど、苦労したのは、1年後にまたコラボした「ルシファー・ストーン」。曲調のこともあって、短い言葉でなければダメだったから。

高木:伊東先生にとって金属恵比須の魅力はなんでしょう。

伊東:聴いていると懐かしいような、そういうフレーズ作りがうまい。

高木:パクリ?(笑)。どなたかが「オマージュを芸術に昇華したバンド」といってくれました。それは、いいのか悪いのか。音楽家って、農業や畜産業のなにかを1から作るというよりは、素材をどのように調理するかという職業だと思う。

伊東:すべてはオマージュだよね。加工度が少ないということは、寿司屋みたいなものでしょう。みんなが、なんらかの音楽を聴いて育ったわけです。先達の影響を受けてそれをどう表現するか。小説だってシェイクスピアのパターンから抜け出せないといわれるくらい、バリエーションが出尽くしている。『武田家滅亡』は『オセロ』のパターンだし。

高木:シェイクスピアが、人物配置や展開などの原型を作った。音楽と一緒ですね。イントロ~歌~ギター・ソロみたいな構成は決まっていて、そこになにを詰めるか。

伊東:金属恵比須は崩している、定型から抜け出そうとしている印象があるけど。

高木:曲によりますけど、作る側としてはわりと毎回、型にはめているんですよ。型の種類はいくつかありますけど。

伊東:なるほど。イタリアン・ロックの伝統を引き継いだ曲とか好きだし、「黒い福音」のような地味な印象のインストルメンタルが意外に効果的だったり、そういうのが金属恵比須の特色だと思います。

高木:ありがとうございます。

第2部 ロックと文芸の関係

左、稲益宏美。右、高木大地。

高木:往年のプログレを聴きながら、文芸とのかかわりを話したいと思います。まず、ジェネシスの『静寂の嵐 Wind and Wuthering』。私は5大プログレ・バンドのなかでジェネシスが一番好きです。「Wuthering」は、エミリー・ブロンテ『嵐が丘 Wuthering Heights』からとっている。二代にわたる恋愛小説で、『静寂の嵐』の「イン・ザット・クワイエット・アース」などは、イギリスの古い恋愛ものの白黒映画のように聴こえる。映画音楽に使われそうなメロディなんです。ただ、『嵐が丘』って、その場所で家政婦をしていたおばさんが昔のことを喋り出すという構成だけど、彼女の話が100ページ以上も続く(笑)。でも、嫉妬の凄さなどが書かれていて面白い小説です。次はイエス『危機 Close to the Edge』のタイトル曲。彼らのインタビューを読むとヘルマン・ヘッセ『シッダールタ』がもとになっているらしい。

稲益:ブッダってこと?

高木:ブッダの話ではないのが騙されるポイントで全くの別人の話。読んでいると、いきなりブッダが出てきて、シッダールタはブッダじゃなかった! って驚く。若手の埜咲ロクロウに『危機』について話してもらいましょうか。

埜咲ロクロウ

埜咲:このアルバムの製作は難航したらしく、録音したテープを清掃員がゴミ箱に捨ててしまったとか。

高木:今ならパソコンでコピー&ペーストをするけど、その頃はテープを切り貼りして複雑な曲を作っていた。頑張って作ったそのテープが捨てられて、メンバーがゴミ箱を漁って発見したそうです。

埜咲:僕は中学2年生の頃、この曲を聴いたせいでプログレにはまっちゃったので、プログレ好きを中2病と呼んでいます。病をこじらせすぎて、今はプログレ・バンドでベースを弾いています。

稲益:世間の中2病とはちょっと違う。

高木:僕も小学5年生でこの曲からプログレにハマったから一緒です。シッダールタは修行するけど飽きて、金儲けしたり女に溺れたり、最後は川で学びを得て渡し守になる。『シッダールタ』はヨーロッパでは理解しがたいインド哲学がわかるということでヒットしたらしい。でも、小説が曲のどこに反映されているのか、よくわからない。この本は、キリスト教圏の人にはすごいかもしれないけど、東洋人にとっては普通な感じ。こういうお坊さん、けっこういるでしょ、と思いました。東西の文化のツボって違うんだなと。

 文芸とロックはいろいろ結びついていて、ユーライア・ヒープというバンド名もチャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・カッパーフィールド』に出てくる悪人からつけられている。イギリスでは、そういう例がけっこうある。では、『武田家滅亡』みたいに、実際の歴史をもとにしたアルバムはないかと探すと、イエスのリック・ウェイクマンが『ヘンリー八世の六人の妻』を作っていた。これは文芸ではなく歴史そのものが題材です。イギリスはカトリック社会だったから離婚してはいけない決まりがあったけど、ヘンリー八世は離婚したかった。それでカトリックをやめてイギリス国教会を作った。

伊東:でも、6人の妻が同時にいたわけではない。

稲益:6人の妻と順繰りに結婚した。その一人一人を表現した曲なんですか。

高木:相手は、離婚、斬首、病死とかいろいろあった。

伊東:たぶん先に曲が6つできたから、6人の妻と組みあわせたんじゃないかな。

高木:インストルメンタルで歌詞がないから、どうとでもなる。次に伊東先生に選んでもらった曲で、キング・クリムゾン「スターレス」。

伊東:プログレを代表する曲ですよね。これを聴いて書いたのが『戦国鬼譚 惨』。

高木:武田家の家臣の短編集ですね。

伊東:それぞれの事情で次々に裏切っていくという難しい題材ですけど、この曲の寂しさや悲しさのイメージで書きたいと思いました。

高木:私たちは小説からインスピレーションを受けて音楽を書きますけど、曲から小説が生まれるパターンもある。次も伊東先生の選曲で、小説を読まれた方ならわかる疾走感。

伊東:レッド・ツェッペリン「アキレス最後の戦い」です。ツェッペリンは爆発力がある曲が多いけど、この曲は特に爆発力と詞の物語設定が合致した名作だと思います。最初に聴いた時、驚愕しました。この勢いをどう小説にするかが課題でした。

高木:それでできたのが『天地雷動』。本当に面白くておすすめです。

稲益:長篠の戦いの話ですね。

高木:豊臣秀吉、徳川家康、織田信長などそれぞれの目線から語られ、ニュースのように場面がグルグル変わって長篠の戦いに至る。私は読んだら本に感想を書きこむたちなので、2017年1月14日に読み終わったとメモが残っています。「面白くて止まらない!」と書いていました。次は人間椅子「なまはげ」。この曲をもとに伊東先生が「なまはげ」という公認の小説を書いた。『夜の夢こそまこと 人間椅子小説集』という人間椅子の曲をモチーフにしたアンソロジーに収録されています。

伊東:人間椅子の歌詞には物語性があるから小説を書けるよねと話したKADOKAWAの担当者が、人間椅子ファンだった。本にすることになって筋肉少女帯の大槻ケンヂさん、長嶋有さん、空木春宵さん、人間椅子の和嶋慎治さんなどが小説を書いた。

高木:私が望んだロック×文芸の進化形です。ロックと文芸が双方向な感じになった。

伊東:この後、『小説集 筋肉少女帯小説化計画』という筋少の曲をモチーフにしたアンソロジーも作られました。

高木:「なまはげ」の話に戻ると、人間椅子は青森出身で土着性が特徴だったけど、この曲は青森ではなく秋田をテーマにした。青森にこだわらず東北と広げたことでポップにしたと感じました。続いて流すのは頭脳警察「世界革命戦争宣言」。金属恵比須の後藤マスヒロは以前、頭脳警察にいた。だから、2023年に亡くなられた頭脳警察のPANTAさんと私たちはかかわりがあって、一緒にトークをしたりしました。

稲益:PANTAさんが伊東先生の本を読んでいらしたんですよね。その後、金属恵比須を通じてイベントで伊東先生とPANTAさんの顔あわせをした。

伊東:今、「小説宝石」で『海峡の女神』を連載していますけど、PANTAさんから「ぜひ氷川丸の話を書いてくれ」といわれていたんです。昔、彼のお母さんはシンガポールの病院で看護師をしていて、戦時中の引き上げで氷川丸に乗り、横須賀に戻ってきた。その頃、アメリカ軍はたとえ病院船でも撃って沈めていたけど、氷川丸だけは生き残った。

稲益:今、横浜に泊まっているあの船ですね。

伊東:前に金属恵比須と共演した髙嶋政宏さんのお母さん、寿美花代さんは、戦後に氷川丸に乗って宝塚歌劇団のアメリカ公演に行ったというから、いろいろ歴史のある船です。『海峡の女神』にはPANTAさんのお母様も登場する予定ですし、来年には本にできると思います。本当はPANTAさんが生きている間に本にしたかった。

(イベントの最後では 還暦を迎えた後藤マスヒロが常任メンバーからはずれ、ヨシダシンゴが正式メンバーとしてドラムを担当することが発表された。後藤は「終身名誉ドラマー」に就任する。今後のライブはヨシダが担当することとなるが、後藤が参加する場合は都度アナウンスをするとのこと)

■金属恵比寿HP
https://yebis-jp.com/

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「イベント」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる