酒井貞道の一冊:新野剛志『粒と棘』(東京創元社)
終戦後十年間程度の東京を舞台とした連作短篇集で、一部登場人物の再登場等で各篇はゆるやかに繋がる。主に犯罪を通して、戦争で揺らぎ一部は崩れ、戦後に変容した日本社会を市井の視点から描き出している。「幽霊とダイヤモンド」に見られる、ほぼ自棄と言って差し支えない情熱や執着、「少年の街」での戦争孤児たちの悲惨、「手紙」に見られる荒廃した人間の善意、「軍人の娘」で描かれる女性の自立、「幸運な男」の倫理、「何度でも」の数奇な運命、いずれもこの時代だからこそこうなった側面が強い。心に沁みる作品群である。
杉江松恋の一冊:歌野晶午『中にいる、おまえの中にいる。』(双葉社)
某作品の続篇なのだが、予備知識なしに読むとびっくりする。あの作品に続篇がありえたのか。視点人物の栢原蒼空は他人を拒絶して生きているように見える青年で、その理由がまずとんでもない。『女王様と私』あたりから続く、会話と語りを歪ませてそこに現実を超えたものを流し込んでいく技法がここでも使われており、読むと作者の魔術に化かされることになる。人間のとげとげしい悪意をここまでむきだしに書ける手腕にも、なのにちゃんと娯楽小説に仕上げられることにも感心させられた。歌野晶午には、ずっと黒いままでいてもらいたい。
待望の短篇集第二弾と、お久しぶりの大河シリーズに人気が集まった7月でしたが、それ以外にも黒い気配の漂う作品が多く、全般としては硬質な印象を受けました。人間とは何か、ということをこの機会に考え直してみてはどうか、ということでしょうか。来月もまた、このコーナーでお会いしましょう。
若林踏
書評家。1986年生まれ。『小説現代』『小説すばる』『週刊新潮』などで書評連載を持つ。著書に『新世代ミステリ作家探訪』『新世代ミステリ作家探訪 旋風編』(光文社)、『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』(実業之日本社)がある。
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千街晶之
1970年生まれ。ミステリ評論家。『水面の星座 水底の宝石』(光文社)で第57回日本推理作家協会賞と第4回本格ミステリ大賞をダブル受賞。著書に『怪奇幻想ミステリ150選』(原書房)、『幻視者のリアル』『原作と映像の交叉光線』(ともに東京創元社)、『読み出したら止まらない! 国内ミステリー マストリード100』(日経文芸文庫)など。共著に『21世紀本格ミステリ映像大全』(原書房)など。編著に『歪んだ名画 美術ミステリーアンソロジー』『魍魎回廊 ホラー・ミステリーアンソロジー』(ともに朝日文庫)、『絶対名作! 十代のためのベスト・ショート・ミステリー』(全4巻、汐文社)など。
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編集者・ライター・書評家。
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1984年生まれ。SF研究家・書評家。編著に『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』(ハヤカワ文庫SF)。
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杉江松恋
1968年東京都生まれ。書評家。2025年、『日本の犯罪小説』にて第78回日本推理作家協会賞評論・研究部門を受賞。その他主な著書に『路地裏の迷宮踏査』『ある日うっかりPTA』『浪曲は甦る』『芸人本書く派列伝』、共著に『絶滅危惧職、講談師を生きる』(神田伯山との共著)、『100歳で現役! 女性曲師の波瀾万丈人生』(玉川祐子との共著)、『芥川賞/直木賞候補作全部読んで予想・分析してみました: 第163回~172回』(2冊)などがある。「ほんとなぞ」主宰(https://www.youtube.com/channel/UCeKxCJryvcBw18COdGxVHew)。(撮影:川口宗道)
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