ドイツ軍最高の頭脳『天才作戦家マンシュタイン』の失敗とはーー第二次世界大戦で勝利を収められなかった理由

『天才作戦家マンシュタイン』の失敗とは

■第二次世界大戦で勝てなかった理由

 こうして彼の功績やエピソードを積み上げていくことで、本書はキャラクターが分かりづらいマンシュタインの人物像を浮き彫りにしていく。名家の出身で頭脳明晰、それゆえにプライドが極めて高く口は悪いものの、意外に情に厚いところもある、プロイセンから続くドイツ軍人のひとつの典型例というキャラクターが、読んでいるうちに立ってくるのである。いわゆる国防軍無罪論(ナチスの犯罪にドイツ国防軍は積極的に関与しておらず、プロの軍人として国家の指導者の命令に従っただけであるという理屈)を象徴する人物として扱われたのも頷ける。もっともマンシュタインも完全に無謬というわけではなく、数々の戦争犯罪の疑惑を持たれ、そのうちいくつかについては終戦後の裁判において有罪判決を下された人物であることも明確に書かれている。さらに自伝や周囲のシンパによって、戦後にかなりイメージ向上が図られた点についても、見過ごすことはできないだろう。

 本書の読みどころは、結局このような非凡な天才をもってしても、ドイツ軍は戦争に勝つことができなかったという点だろう。なるほどマンシュタインは作戦次元での脅威的成功でもって、戦略的不利をひっくり返すことに成功した。その成功は、対仏戦では戦争自体の勝利に直結してもいる。しかしそんなマンシュタインも軍隊という巨大な組織においては(巨大な権限を持ってはいるが)一介の現場監督であり、ヒトラーとの齟齬に振り回され、最終的に現場のポストを解任されている。誇り高い貴族の末裔であるマンシュタインと、平民出身のヒトラーとでは、そもそもの気性が違ったのかもしれない。よく言われているように、ヒトラーのマイクロマネジメントによって現場が混乱したのかもしれない。これら複合的要因で東部戦線の指揮がままならなくなっていく様子は、本書にも記されている。

 しかしそもそも、「作戦次元の成功で戦略次元の不利をひっくり返す」ことを目指すこと自体が、総力戦が前提となった第二次世界大戦では無理があった。マンシュタインだけではなくドイツ軍の高級将校に広く見られる性質だが、彼らは作戦次元・戦術次元でのマネジメントには非常に秀で、局地的には脅威的戦果をあげている。しかし、結局ドイツは戦争に負け、そんな将軍たちも軍事裁判で裁かれることになり、戦後は「自分たちはヒトラーに協力しなかった」という自己弁護に汲々とするようになった。ロンメルもグデーリアンもマンシュタインも、敗戦まで最前線で戦うことすらできなかったのである。「ドイツ軍随一の頭脳をもってしても、結局第二次大戦には勝てなかった」という事実は、戦略レベルで勝てない戦いにはどうやっても勝てないという、冷徹で面白くない教訓を教えてくれる。結局マンシュタインは、第二次世界大戦という戦いについていけなかったのだ。

 本書のタイトルにもなっている通り、マンシュタインが「天才作戦家」だったのは間違いないだろう。ハリコフ攻防戦で見せた作戦指揮の精妙さには、ほれぼれするばかりである。しかし、本書の見どころや教訓は、そんなマンシュタインの有能さではなく、その有能をもってしても為すことができなかった部分にある。貴族でもなければ天才でもない自分にとっては、「いったいなぜマンシュタインは失敗したのか」に注目することで輝きを増す一冊だった。

 

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