【第1回創元ミステリ短編賞受賞作】小倉千明『嘘つきたちへ』は“騙しへのこだわり”に貫かれた短編集

『嘘つきたちへ』“騙しへのこだわり”

 騙しの技法に秀でた作家が、また一人増えた。

 小倉千明『嘘つきたちへ』は、第1回創元ミステリ短編賞を受賞した著者のデビュー短編集である。創元ミステリ短編賞は東京創元社が主催する推理短編の公募新人賞で、2022年より前身の「ミステリーズ!新人賞」から改称して現在の名称で開催している。なお、第1回は小倉のほかに水見はがねが「朝からブルマンの男」という作品で受賞している。

 『嘘つきたちへ』の特徴を端的に表すならば、読者を欺くための手練手管が詰め込まれた短編集、というのが相応しいだろう。一編一編に込められた仕掛けの多さはもちろんのこと、各編が様々な舞台設定や登場人物を配して多彩な物語が用意されている点が良い。一冊の短編集として非常に充実したものを感じるのだ。

 優れた騙しの技法は創元ミステリ短編賞受賞作である表題作から既に発揮されていた。これは二十年以上前の小学校卒業以来、久しぶりに会った同級生たちの会話が大半を占める小説だ。寂れた田舎町で過ごした何気ない日々を懐かしむ様子から物語は始まるのだが、頁が進むにつれて不穏な空気が漂い始め、やがて思いもよらない展開へと流れていく。後半に入ると読者は作中のすべてに疑心暗鬼を抱きながら読み進めていくことになるだろう。小説内には読者の死角を上手く突くような仕掛けが複数施されている。物語の全体像が分かった時、郷愁的な匂いが漂う序盤からは想像もつかない着地に唖然とするはずだ。

 小説の始まりから予想できない風景を浮かび上がらせるという点では、本書の劈頭を飾る「このラジオは終わらせない」もそうだろう。お笑い芸人の一ノ瀬誠が送るラジオ番組の模様から始まる同編もまた、緩い空気が漂う何気ないトークが序盤は描かれているものの、そこにふと小さな謎が浮かび上がることで物語は次第に屈折していく。背景にある情報が増えれば増えるほど一度描かれた構図が反転し、また新たな情報が増えると再び反転する、という展開が加速していく後半が圧巻だ。

 「嘘つきたちへ」も「このラジオは終わらせない」もごく少人数の登場人物が集うワンシチュエーションで進んでいく短編だが、小倉はシチュエーションについてもバラエティに富んだものを取り揃えて楽しませてくれる。例えば「赤い糸を暴く」という話は停止中の新幹線の中で描かれる二人称視点の作品だ。「実は私、小さい頃から――赤い糸が見えるんです」というややスピリチュアルめいた話が書かれて「ミステリ短編なのか、これは」と訝しんだところに、これまた見事な落ちが付くのである。対照的に「ミステリ好きな男」では雨が打ちつける人里離れた洋館に複数の男女が集って、という謎解き小説ではお馴染みのシチュエーションがまず描かれる。これは正統的な本格謎解きミステリか、と思っていると意外な角度から物語のひっくり返しがあって驚くのだ。それは「保健室のホームズ」も同じで、収録作の中では最も本格謎解きミステリファンが喜びそうな捻じれが書かれている。

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