米澤穂信『小市民シリーズ』で岐阜市が新たな聖地にーーアニメならではの演出で原作の魅力が増幅

愛知県の東端にある豊橋市が『負けヒロインが多すぎる!』のアニメ第2期決定で盛り上がっているなら、愛知県の北隣にある岐阜市は4月からの『小市民シリーズ』のアニメ第2期放送で話題沸騰中だ。米澤穂信の学園ミステリー「〈小市民〉シリーズ」が原作で、小柄で愛らしい女子高生が聡明な男子高生とスイーツを食べ歩くという、甘いラブストーリーのような外形を持ちながら中身は超ビター。ヒロインの小佐内ゆきが見せるサスペンスフルな言動が、アニメでは絵と声優の好演によって増幅されていて、見てから原作に戻るとキャラへの理解がグンと深まるのだ。
小説とアニメ、キャラの演技で媒体の違いを見事に表現
『春期限定いちごタルト事件』(創元推理文庫)から始まる小説「〈小市民〉シリーズ」は、推理力と洞察力に優れた小鳩常悟朗が、中学時代に少年探偵のように事件を解き明かして悦に入っていたところを手痛いしっぺ返しに遭い、高校に進学してからは同じ中学校出身の小佐内ゆきと一緒に、目立つ言動は慎んで「小市民」として生きようとする状況から幕を開ける。
2人は、小佐内が愛してやまないスイーツを追いかける日々を過ごしながら、高校の中で起こる女子生徒のポシェットが消えたり、テスト中にガラス窓が割れたりする事件の真相を解き明かしていく。バディものの学園ミステリーでちょっぴりラブあり? そう思わせておいて、状況は小佐内が自転車のかごに入れていた春期限定のいちごタルトを、自転車ごと盗まれた事件の進展とともに変化していく。
事件を解き明かす場面では、小鳩が持つ観察力と推理力の高さが改めて示され、読者は理詰めによって謎に迫る楽しさを味わえる。その一方で、小佐内が内に秘めている強い執着心がだんだんと見えてきて、小鳩との関係がお互いを諫め合うような互恵的なものであることが分かってくる。
『春期限定いちごタルト事件』の小説では、そうした小佐内の執着がどんでん返しのように現れて、こんなキャラだったのかとギョッとさせられる。頭の中に思い浮かべていた印象もがらりと変わる。
個人の想像力に頼る小説ならそうした急変にも対応できるが、最初から絵があり声もついているアニメでいきなりキャラが豹変してしまうと、どうにも芝居がったものに見えてしまう。『名探偵コナン』のようなエンタメ性が高い作品なら気にならないが、リアルでシリアスな雰囲気を基調とした『小市民シリーズ』では違和感しか抱かせない。
だからだろうか、アニメの小佐内は最初から表情なり仕草の描写や、羊宮妃那による絶妙な演技が、愛らしさの中に不穏さを漂わせるものになっている。そして、その不穏さがここぞという場面で濃さを増す。
『春期限定いちごタルト事件』の小説で、「その言葉に、小佐内さんはバスの行き先を見つめていた顔を振り向かせる。そして、晴れ晴れと、笑ったのだ。なんの気がかりも残さない、きれいな笑顔。……ぼくは、ぞっとした」と書かれているシーン。アニメでは、真っ赤な背景の中で小佐内に笑わせて、無邪気さの奥にある邪気を感じさせた。場所も、街道沿いから心象風景のような橋の上へと飛ばして、フェーズが変わったことを印象づけた。
そうした小佐内の"本性”は、続編の『夏期限定トロピカルパフェ事件』(創元推理文庫)でさらに濃さを増し、「小市民」で居続けるために結ばれていた小鳩との互恵関係にヒビを入れる。アニメの第1期で描かれたのはそこまで。続く『秋期限定栗きんとん事件』が原作となった第2期で、小鳩と小佐内がそれぞれ仲丸十希子、瓜野高彦とつきあっているのは、互恵関係が解消されていたからだ。
第1期からアニメを見ていた人は、既に小佐内の独特な思考には触れていただけに、瓜野との関係が青春と呼べるものになるか心配したかもしれない。そして迎えた第2期に入ってからのシリーズ第13話「とまどう春」で、小佐内に何か変化が起こったのかもと思うのだ。
窓から夕陽が差し込む高校の廊下で、瓜野が小佐内にキスをしようとして、何かのレシートで口を遮られる。そこからとんと後ろに身を引いた小佐内が、瓜野を上目遣いで見ながら、「だけど瓜野くん、任せてって言ったよね、いいところを見せてくれるのよね?」と話しかける。
原作の『秋期限定栗きんとん事件 上』(創元推理文庫)では、続きは瓜野の視点から、「おれは、こくりと頷く。小佐内は笑った。あれほど笑わせようとしたのに、微笑みしか浮かべなかった小佐内が。ほとんど晴れやかと言ってもいいほどに、笑っていた」と書かれる。この場面で、アニメには小説とちょっとした違いがある。























