米澤穂信『小市民シリーズ』で岐阜市が新たな聖地にーーアニメならではの演出で原作の魅力が増幅

小佐内の笑みの真意は
アニメでも小佐内は笑うが、それは「あげるね。思い出に」と言って瓜野にレシートを渡そうとして足下に落とし、拾おうとした瓜野を見下ろしながら浮かべる応援とも挑発ともつかない笑みだ。とても付き合っているカップルとは思えない緊張感があって、見た人は直前のセリフと、目を開いた小佐内の顔に何か瓜野を試そうとしているのかもしれないと想像する。
同じ廊下に立ちながら、小佐内は夕陽に照らされ瓜野は暗い陰の中にいる対比も意味ありげだ。絵があり声がつくアニメだからこそ醸し出される空気感とも言える。あるいは小佐内の不穏さとも。原作を読んでいたり、アニメの第1期を見ていたりする人なら既に知っている小佐内の"本性”が、いよいよ発揮されてくるのかと感じた人もいそうだ。
もっとも、いくら不穏でも小佐内は悪女で魔女でもない。無関係の誰かを悪事に引き込むようなことはしない。瓜野とつきあい始めたのも、純粋に自分に関心を持ってくれたから。そんな瓜野が、新聞部の活動として近隣で起こる連続放火事件の犯人に迫り、あわよくば自分で捕まえて手柄にしたいと考えている功名心を危なっかしく思い、止めようとしただけかもしれない。
廊下でのやりとりだから、年上からの忠告めいたもので他意はない。そんな想像もできなくないが、いずれにしても『秋期限定栗きんとん事件』がすべてアニメとして描かれれば、廊下でのシーンがサスペンスフルに描かれた意味も分かるだろう。原作を読んでいる人は、最後のあのセリフを小佐内がどのような表情とトーンで放つかが今は気になって仕方ないはずだ。
聖地巡礼への関心を誘う舞台・岐阜市
以後、完結編に当たる『冬期限定ボンボンショコラ事件』(創元推理文庫)まで描かれていく中で、小鳩の身に起こるとてつもない事態が、中学時代の小鳩と小佐内を結びつけた事件を振り返らせる。2人が高校は「小市民」として生きようと考えるに至った理由も見えてくる。楽しみは尽きない。
そうした展開の中で、小説やアニメの舞台のモデルとなった岐阜市や岐阜県の風景がふんだんに描かれて、名古屋を挟んで反対側にある豊橋市が舞台の『負けヒロインが多すぎる!』のような"聖地巡礼"への関心を誘う。

第3話も含む各話の中に登場する忠節橋や、その下を流れる長良川の河川敷から堤防越しに見える鉄塔を見に足を運び、スイーツを食べさせてくれる店を探して歩き回って、小鳩や小佐内の気持ちに近づいてみたい。第1期の時にも現れた、そんな気持ちになったファンたちで岐阜市も、『マケイン』の豊橋市同様にますます賑わうだろう。



























