宮本輝、初の大河歴史小説『潮音』が圧巻の面白さ! 富山の薬売りが見た、幕末から明治の激動

宮本輝、初の大河歴史小説『潮音』が圧巻の面白さ! 富山の薬売りが見た、幕末から明治の激動

 しかも弥一は、時流を見抜く目を持っている。たとえば、水戸藩の尊王攘夷派の天狗党が筑波山で挙兵した〝天狗党の乱〟が潰えたときのことだ。天狗党の面々だけではなく、その妻子まで処刑されたことを知り、「徳川の御世は終わりましたね」という。ここだけ抜き出して書いても分かりづらいが、物語を読んでいると納得。登場人物に託した作者の歴史観も、歴史小説の楽しみになっているのだ。

 そんな弥一だけに、早い段階で富山の薬売りを〝カンパニー〟にしようと考える。明治になると洋薬が入ってくる。藩もなくなり、商売の方法を変えなければ生き残れない。武士であろうが商人であろうが、人は時代の枠組みの中にいる。だから、その枠組みの変化に合わせて、一生懸命、明日に向かっていくのだ。弥一たちの生き方は、参考にすべき点が多い。終わらないロシアとウクライナの戦争に加え、アメリカのトランプ大統領の無茶としか思えない政策により、先の見えない時代の中にいる私たちにとって本書は、効果抜群の〝読む薬〟になっているのだ。

 なお、詳しく書く余地がなくなったが、弥一の私生活や周囲の人々も読みどころになっている。特に、弥一の腹心になる、天才だが人の心の機微に疎い才児が、面白いキャラクターだ。いきなり才児が結婚するエピソードには笑ってしまった。当たり前の喜怒哀楽を持ちながら、激動の時代を生きた富山の薬売りのことを、この物語で知ってもらいたい。




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