栗原裕一郎の『BiS研究員』評:中高年にモラトリアムの再体験を許した、アイドル戦国時代の狂騒

栗原裕一郎の『BiS研究員』評

 研究員たちの狂態は、では、あの頃の他のアイドルオタクたちと一線を画していたのかと考えると、それでもやっぱり連続していたように思う。あの頃はみんな大なり小なり狂っていた。おんなじCDを何十枚、何百枚と買う行為が社会的になし崩しに諒とされた時点で、誰も彼も狂気の域に足を突っ込んでいたのだ。BiSオタと他のドルオタのあいだにあったのは、狂気の質ではなくて、量の差である。
 本書に記録された研究員たちは飛び抜けて狂気の量が多かった人たちだろう。そんな奇人変人たちの記録がBiSファン以外にとって何の意味があるだろうかと、本書を手にしたとき実はちょっと思った。だが、あの頃の狂騒を書き留めておくためにもっともふさわしい対象は、アイドルの中で一等いかれていたBiSと研究員を措いてほかにないのではないかと考え直した。ぬるいオタクを書いたって、時代の狂気は伝えられまい。

「人は青春時代に聴いた音楽を一生聴き続ける」とはよく言われる。それは、レミニセンス・バンプ(回想のコブ)が思春期にもっとも出来やすく、それ以降は滅多に出来ることがないからだ。
 だが、アイドル戦国時代と呼ばれた狂騒の時代は、一部の中高年にモラトリアムを疑似的に再体験することを許し、新たなコブを作ってしまった。年甲斐もなく出来た新しいコブは、もしかすると思春期のコブより痛切かもしれない。なぜといってそのコブは、現実味を帯びて忍び寄ってきた「死」と背中合わせだからだ。BiS解散後の10年間で何人かの研究員が他界したことが本書執筆を決意させたと宗像は書き、彼らを手厚く弔っている。
 コロナ禍以降、出掛けることも、人に会うこともめっきり減って、気がつくと2010年代の音楽ばかり聴いている。7~80年代の音楽も、2010年代の音楽も、別に懐かしくはない。起点のコブが違うだけで、どちらの音楽も現在に通じている。

■書誌情報
『BiS研究員 IDOLファンたちの狂騒録』
著者:宗像明将
四六判/268ページ(口絵20ページ)
ISBN:978-4-909852-58-8 C0073
定価:2,750円(本体2,500円+税)

発売日:2025年1月7日

■目次
はじめに
BiS研究員 ごっちん
BiS研究員 越田修
2011年のBiSと研究員
BiS研究員 みぎちゃん
BiS研究員 Kん
2012年のBiSと研究員
BiS関係者 高橋正樹
便器の男
BiS研究員 Kたそ
2013年のBiSと研究員
BiS研究員 がすぴ〜
BiS研究員 Tumapai、あるいは田中友二へ
Tumapaiの母
2014年のBiSと研究員
BiS関係者 ギュウゾウ(電撃ネットワーク )
BiS元メンバー ミチバヤシリオ
2014年7月8日の横浜アリーナ
BiS解散後の研究員
BiS元メンバー プー・ルイ
2024年7月8日の歌舞伎町シネシティ広場
BiS年表2010-2024
あとがき
BiSオフィシャル&ブートTシャツとBiS研究員

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