科学の力の中にある“祈り”に胸打たれるーー直木賞受賞作『藍を継ぐ海』の到達点

直木賞受賞作『藍を継ぐ海』の到達点

 祝! 第百七十五回直木賞受賞!! と、まず伊与原新が『藍を継ぐ海』で、今年(2025年)の直木賞を受賞したことを喜びたい。デビュー作から読んでいる作家だけに、感慨深いものがあるのだ。2024年10月から12月にかけてNHKテレビで、作者の『宙わたる教室』を原作とするドラマが放送されたこともあり、タイミングもバッチリ。たまたま受賞決定のニュースが流れた二日後に、池袋のジュンク堂に行ったのだが、『藍を継ぐ海』の置いてあったとおぼしき場所が空っぽで、完売と書いた紙が貼ってあった。作者に大きな流れがきていることを、あらためて感じたものである。

 伊与原新はミステリ作家として出発し、人間ドラマへと作風を広げていった。ただし、どちらの作品にも共通した要素がある。科学だ。それも当然。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究室で地球惑星科学を専攻し、博士課程を修了した作者は、生粋の理系人間なのである。創作の流れを見ても、そのことがよく分かる。2010年、『お台場アイランドベイビー』で、第三十回横溝正史ミステリ大賞を受賞した作家デビューを果たす。首都圏直下型地震により荒廃した、近未来の東京を舞台にした、読みごたえのある作品だ。地震関係の部分がよく書けていたが、この時点では作者の科学指向を、各種要素のひとつとして受け止めていた。しかし次作の『プチ・プロフェスール』(現『リケジョ!』)から、どんどん科学要素を投入。伊与原ミステリの大きな特色となる。それは、2016年の『ブルーネス』あたりから、人間ドラマに乗り出しても変わらない。やはり科学という要素が投入されているのだ。『藍を継ぐ海』も同様である。

 本書には短篇五作が収録されている。冒頭の「夢化けの島」は、山口県内の国立大学で助勤をしている歩美が主人公。所属は理学部の地球学科で、専門は火成岩岩石学だ。長年にわたり見島に通っては、コツコツと調査を続けている。しかし大学での立場は、あまり宜しくない。そんな歩美が、見島行の船で、崩れた感じの男と出会う。さらに見島で再会。三浦光平と名乗る男は、萩焼に使う見島土を捜していた。光平の人生を知った歩美は、見島土捜しを手伝うようになる。

 光平が祖父からいわれた「土にはの、土のなりたい形があるんじゃ」という話を聞いて、粘土の性質から理にかなっていると歩美が思う場面などは、実に科学的である。といってもストーリーは理屈っぽくなく、光平は自分の進むべき道を得て、歩美は自分の進むべき道をあらためて確信する。気持ちのいい作品だ。

 続く「狼犬ダイアリー」は、フリーのWebデザイナーになり、奈良の東吉野村に引っ越したものの、仕事も人付き合いも上手くいかない女性が、狼を巡る騒動に巻き込まれる。ちなみに東吉野村は、すでに絶滅したと思われるニホンオオカミが、最後に捕獲された場所である。大宅の息子の拓己が見たのは、本当に狼なのか。騒動を経て狼の正体を知り、ちょっとだけ前向きになる主人公を応援したくなる。

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