青崎有吾『地雷グリコ』9冠達成の大人気小説は何が凄いのか? ミステリ評論家・千街晶之が分析

■青崎有吾が実力を発揮した「アンデッドガール・マーダーファルス」シリーズ

  一方、青崎が謎解きだけではなく新たな側面でも実力を発揮してみせたのが、現時点で4冊刊行されている「アンデッドガール・マーダーファルス」シリーズである。吸血鬼や人狼などの怪物や、シャーロック・ホームズのような名探偵やアルセーヌ・ルパンのような怪盗までもが実在している架空ヨーロッパが舞台の特殊設定ミステリであり、怪物専門の探偵・輪堂鴉夜、半人半鬼の「鳥籠使い」・真打津軽、鴉夜のメイド・馳井静句の三人組が各地を旅しながら、怪物が関わる事件を解決してゆく。ミステリとしてはトリッキーかつロジカルだが、このシリーズで青崎はアクション描写においてもただならぬ筆力を示しており、ホームズやルパンら読者にとってお馴染みのキャラクターを自在に動かす手さばきも鮮やかだ。波瀾万丈の伝奇的エンタテインメントとして無類に面白いシリーズである。

  他の作品としては、短篇集の『早朝始発の殺風景』(2019年)および『11文字の檻 青崎有吾短編集成』(2022年)がある。前者は高校生たちがワン・シチュエーションで繰り広げる推理を描いた、コンパクトかつ密度が濃い連作だ。後者はこれまでに発表したノン・シリーズ短篇に書き下ろしの表題作を追加したもので、さまざまな傾向の作品が楽しめるが、中でも「恋澤姉妹」は、謎解きの要素があまりない物語でも青崎が読ませる力を持っていることを証明した傑作と言える。

  今や1990年代生まれの作家たちはミステリ界で大きな存在感を示しているけれども、その中で青崎有吾は先頭に立って彼らの勢いを牽引してきた感がある。もっとも、その実力は誰もが認めるところながら、作品の平均水準が高いためかえって「青崎有吾ならこの1作」と言える代表作を選びにくいのも否めなかった。

  そこに、文句なしの代表作として登場したのが『地雷グリコ』である。では、この作品が何故そこまで評判を集めたのか。

  連作の第1話となる巻頭の表題作「地雷グリコ」は、実はもともと学園ミステリのアンソロジー用にノン・シリーズ短篇として執筆されたものだが、その企画が潰れて作品が宙に浮いてしまい、版元からの提案で続きを書いて1冊にまとめることになった——という流れで連作化されたものだ。不幸中の幸いどころか、結果的には青崎にとっても版元にとっても万々歳となったわけだから、世の中、何が幸いするかわからない。

 『地雷グリコ』の舞台は都立頬白高等学校という学校。表題作では、文化祭の模擬店や出し物の場所として一番人気の屋上を獲得するべく、語り手の1年生・鉱田の友人で勝負事にめっぽう強い射守矢真兎と、生徒会代表の3年生・椚迅人が対峙することになる。この種の学園ものではラスボスとして描かれがちな生徒会が第1話の敵として早くも登場するあたり、もともとはノン・シリーズ短篇として構想された名残を感じさせるが、真兎と椚が勝敗を決めるゲームは、名づけて「地雷グリコ」。ジャンケンでグーによって勝てば階段を3段、チョキかパーなら6段上れる——というのが「グリコ」の基本的ルールだが、ここでは「地雷」(もちろん本物の地雷ではなく、プレイヤーが事前に指定した場所を指す)を仕込んだ段を踏んだら10段降りるという新ルールを追加することで、お馴染みのゲームを高度な頭脳戦へと変化させたわけだ。

  第2話以降も「坊主衰弱」「自由律ジャンケン」「だるまさんがかぞえた」「フォールーム・ポーカー」といった具合に、よく知られているゲームのルールにアレンジを加えて、先が読めない頭脳戦を演出している。しかも終盤に近づくほど、真兎の対戦相手は強敵となってゆくのだ(第2話「坊主衰弱」の対戦相手だけは小物だが、そのキャラクター造型が実に味わい深い)。

■青崎有吾が影響を受けたと話す作品は?

  面白さの本質としては、著者が影響を受けたことを公言している迫稔雄の漫画『嘘喰い』や、学園を舞台としている河本ほむら・原作、尚村透・作画の漫画『賭ケグルイ』などのギャンブル漫画に通じるものがある。とはいえ、そうした前例ほどの殺伐感はなく、高校生たちのゲームがメインなので作中では当然誰も死なないし犯罪行為も描かれない。だが、互いの手を読み合いながらしのぎを削る頭脳戦が醸し出す緊迫感は、「アンデッドガール・マーダーファルス」シリーズで描かれるバトルにも劣らない。しかも、ゲームに勝つにはルールの表面だけからは見えない最適解を見つけ出さなければならず、そこにミステリとしての意外性がある。

  本書が多くの読者を惹きつけたもう1つの要因は、主人公である射守矢真兎の魅力だろう。彼女はのほほんとした印象の生徒ながら、ゲームの場に出るとめっぽう強い。主な語り手である鉱田の目を通して、そんな彼女の姿は颯爽と描かれており、とにかく恰好いいキャラクターであることは確かだ。しかし、真兎はどうしてそんなに勝負に執着するのか。連作を読み進めると、彼女の行動原理と、それが形成された過去が明らかになってゆく。そして最終話で彼女をめぐる人間模様のあれこれは、あるべき場所に見事に着地する。エンタテインメントのお手本と言うべき爽快な決着である。

  若手世代の本格ミステリ代表「平成のエラリー・クイーン」としてスタートした青崎有吾は、かくして令和の世において、本格ミステリをも包括するエンタテインメント全体の演出方法を完璧に体得した書き手にまで成長した。今回の9冠という栄光は、そんな彼に相応しい評価に他ならない。

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