乾ルカ × 岡田彩夢が語り合う「一人でいること」を選ぶ理由 新作小説『灯』対談

乾ルカ × 岡田彩夢、新作小説『灯』対談
乾ルカ『灯』
乾ルカ『灯』(中央公論新社)

 『おまえなんかに会いたくない』『水底のスピカ』『葬式同窓会』などの青春小説で知られる乾ルカから、新作『灯』(すべて中央公論新社)が届けられた。

 主人公は、一人でいることを好み、誰かと一緒に行動するこが苦手な高校生・相内蒼。「夜間街光調査官」という、実際には存在しない仕事に憧れる彼女は、母親のめぐみ、クラスメイトの坂本冬子、定時制に通いながら野球部で活躍する米田虎太郎らとの関わりのなかで、少しずつ変化しはじめる。友情、恋愛、親子など様々な人間関係を織り交ぜた本作は、乾ルカの新境地であると同時に、幅広い読者が共感できる群像劇に仕上がっている。

 リアルサウンドブックでは、乾ルカと、アイドル/イラストレーター/文筆家の岡田彩夢の対談をセッティング。小説『灯』を軸にしながら、一人でいること、母親と娘の関係、恋愛よりも友情といったテーマについて、幅広いトークが繰り広げられた。(森朋之)

相思相愛であっても「一人がいい」ということはある

乾ルカ

——乾ルカさんの新作『灯』の主人公・相内蒼は、一人でいることを好む女子高校生です。

乾ルカ:最初に担当編集者に提出したプロットは、男子生徒同士の物語だったんです。

岡田彩夢:そうだったんですか?

乾:はい。それでOKをもらったにも関わらず、女の子を主人公にしてしまって。設定を変えたときに、“一人が好き”という属性や“夜間街光調査官”という架空の職業などを創作したんです。

岡田:『灯』を読んでいる間ずっと、相内蒼ちゃんと野球部の米田くんの関係がずっと気になっていました。

乾:男性と女性の組み合わせにおいて、恋愛関係が入ってくるのがあまり好きではないんですよね。ただ、読者のなかにはそれを期待する方もいらっしゃるだろうし、そのニュアンスをどうするか、というところで葛藤がありました。恋愛関係というのは、「やっぱり一人よりも二人がいいよね」というところにたどり着きやすい。でも私は、たとえ好きな人がいて、相思相愛であっても「それでも一人がいい」ということはあると思ってるんです。

岡田:わかります。蒼ちゃんはクラスメイトから「米田くんのことが好きなんでしょ?」と言われ、「なんでそうなるんだろう?」と反発しますが、そういうところにもすごく共感しました。私も恋愛には興味がないんですが、特に小学校高学年から中学校にかけては、その話でコミュニティが形成されるところがあって。大学のときも、私が恋愛に興味がないことが伝わっていたみたいでした(笑)。

——『灯』の蒼さんに近い状況ですね。

岡田:そうなんですよ。私も一人っ子だし、小さいときから一人でいるほうが好きで。小学校の昼休みも本を読む時間に充てたくて、みんなが鬼ごっこやドッヂボールをやってるなか、1人教室に残ってたんです。そしたら担任の先生に親が呼び出されて「協調性がなくて心配です」と言われてしまいました。

乾:みんなと遊ばないから?

岡田:はい。一人暮らしをはじめてからもホームシックになったことがないくらいなので、蒼ちゃんの言動には「わかる!」と共感しながら読みましたし、すんなり沁みてきました。ただ、雪かきだけはしたことがないですが。

——『灯』の舞台は札幌で、雪かきは大事なファクターとして描かれています。

乾:岡田さんは熊本の御出身なので、雪かきの経験はないですよね。やらないで済むのだったら、しないほうがいいと思います(笑)。雪かきって、人間関係が壊れるきっかけにさえなるんですよ。

岡田:それって隣の家の人がさぼっているせいで……みたいなことですか?

乾:それもありますし、家族の間でも「誰がやるの?」ということで揉めやすい。今回の小説でも書きましたけど、親はすぐに「腰が痛いから」などと言い出して、雪かきは必ず子供の仕事になるんです。雪かきをするには、朝の4時とか5時に起きなくちゃいけないから、すごく大変です。私はずっと実家暮らしだったんですが、雪かきがイヤすぎてマンションに引っ越したほどです。

岡田:そうなんですね! 『灯』の最後のほうでは、蒼ちゃんのお母さんが雪かきする場面がありますけど、痛々しくて、ちょっと胸が苦しくなりました。

アイデンティティが確立する前に「正解」を決めつけてしまうのは不健康

岡田彩夢

——岡田さんは主人公の蒼に共感しながら『灯』を読んだということですが、特に印象に残ったところは?

岡田:全体を通して、「私の学生時代もこうだったらよかったのに」という印象がいちばん大きいです。冬子ちゃんみたいに理解のある友達がいたらよかったなって。すごくいい子じゃないですか、冬子ちゃん。

乾:最初のプロットの段階では、冬子ちゃんはもっと私の嫌いなタイプになる予定だったんです。「なぜ恋愛しないの?」「なぜ彼氏を作らないの?」と、世間一般の価値観が正しいという前提でグイグイ来るような子を想定していたんだけど、書き進めるうちにどんどんいい子になってきて。たぶん私自身も、そういう友達が欲しかったのかもしれない……と、岡田さんのお話を聞いて思いました。

岡田:今の高校生のなかには、冬子ちゃんみたいにニュートラルな考え方ができる子もけっこういそうですよね。

乾:私もそう思います。

岡田:私の学生時代のクラスメイトも、本当に恋愛に興味があったのかな?って思っていて。周りの空気に飲まれていただけというか、「女子中学生、女子高校生は恋愛するでしょう」という思い込みみたいなものがあったのかもしれないなと。少女マンガとかで作られた女の子の理想像もあっただろうし。

乾:私は50代ですが、10代の頃に読んでいた少女マンガもそういう内容がすごく多かったんです。「あの人のことが好きなの」と号泣したり、「なぜそうなる?」と本当に不思議でした。

岡田:私は母親にも「好きな男の子いないの?」と聞かれていました。大人になった今は「恋愛は私にとって、さして重要なことではない」とはっきり言えるのだけど、当時は「なんでそんなこと言うんだろう」みたいな気持ちもあって。……『灯』を読んでいて気になったところに付箋を貼ったんですけど、蒼ちゃんとお母さんの場面が多いんですよ。

——『灯』は母と娘の物語でもあります。

乾:そうですね。蒼ちゃんとお母さんもそうだし、お母さんとおばあちゃんの関係もそう。お母さんとおばあちゃんの折り合いもよくないんだけど、どちらも間違ってないと思っているんです。だけど、どうしても折り合いがつかないし、いつまでも噛み合わないという。

岡田:子供って親からいろんなことを教わるじゃないですか。言葉からお箸の持ち方までいろんなことを教えられ、ケアされて育つわけですけど、子供のアイデンティティが確立する前に「これが正解なんだよ」と決めつけてしまうのはすごく不健康だと思うんです。蒼ちゃんとお母さんの関係性も、そういうところがあるんじゃないかなって。考え方のベースを教えていない段階で「これが正しいことなんだ」と言われてもわからないし、ましてや自分で考えることもできない。だから二人は噛み合ってないんだろうなと。

乾:そんなところまで読み解いていただいて、すごくうれしいです。

——蒼ちゃんのお母さんは、「良妻賢母であるべき」という風潮にも反発し、企業家としてがんばっています。世代による人生観の違いも明確に描かれていますよね。

乾:私も最初は(蒼の母親に対して)「この母親、イヤだな」と思っていたんです。ただ、書いているうちに「救いを与えてあげたい」と思って。そこで「彼女自身も母親との葛藤を抱えていて、がんばって乗り越えてきた」という実績を付与したんです。とはいえ、円満解決には至っていないんですけれど。

岡田:そうだったんですね。蒼ちゃんとお母さんのことでいうと、二人に必要なのは言葉でのコミュニケーションではなくて、行動だったんだろうなと。会話で解決するのは難しかったんだと思います。

——二人とも行動で示すしかなかった、と。

岡田:私も似たような経験があるんですよ。一人で上京しようとしたときも、母にすごく止められて。今は母親が引っ越してきて一緒に住んでいるんですけど、自分の部屋の扉に「Yes/No」の札をかけているんです。

乾:「話しかけてもいいよ」と「ダメだよ」という意味で?

岡田:はい(笑)。母ははじめショックを受けてましたけど、私は自分の時間がないとダメなので。あと博おじさん(めぐみの兄)と蒼ちゃんの会話も印象的でした。「母一人子一人で苦労させてしまっているところに、さらに苦労をかけてしまうが、めぐみのことをよろしくお願いします」と言わるんだけど、蒼ちゃんは「なんか嫌だ」と思う場面です。というのも、私も同じようなことを経験したことあるんです。私、父のもとで暮らしていた時期があるんですけど、その頃に「お母さんがいなくて大変でしょ」とよく言われたんですよ。自分にとってはそれが普通だから、かわいそうだとか、大変だと思われることに違和感があったんです。なので蒼ちゃんが「なんか嫌だ」と思ってくれたことがすごくうれしかったし、私にとってどれだけ救いになったことか。

乾:うれしいです。おばあちゃんが危篤になって、蒼と母親が病院に行ったときに、「蒼、ごめんね。蒼の花嫁姿、見てやれんで、ごめんね」と言われる場面もありますけど、私も同じような経験があるんです。

岡田:そうなんですね。

乾:祖母に「あなたの花嫁姿を見られなくてごめん」って謝られたんです。祖母の世代はどうしても、「結婚して、子供を産んで、母になる」というのが幸せの形態だったし、しょうがないのかなとは思ったけど、「おばあちゃん、悪いけど100歳まで生きても私の花嫁姿は見られないよ」と心のなかで言いました。未だに「あのとき、何て言えばよかったのかな」と思うことがあります。

岡田:私、おばあちゃんにも「好きな人いないの?」って言われます。電話してるときに、テレビから男の人の声がすると「男の人いるの?」って(笑)。祖母は元気なんですけど、おそらく私も(花嫁姿は)見せられないかもしれない(笑)。

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