橘ケンチ × 神奈川健一が語り合う、日本酒の奥深い魅力「スーパーの日本酒コーナーは舐めちゃいけない」


日本酒ブロガー・神奈川健一による書籍『世界一やさしい日本酒の味覚図鑑』(カンゼン)が好評につき版を重ねている。高級酒からカップ&パック酒、飲み方(冷酒・常温・熱燗)プラス「合う肴」まで、約1000銘柄の日本酒を嗜んだ酒ブロガーが、「79本(モダン)×3(香り・味・ペアリング)」と「51本(クラシック)×3(冷酒・常温・熱燗)」の味覚を、「味覚アイコン」と「肴アイコン」を駆使しながら大衆に寄り添う言葉で表現した一冊だ。
EXILE/EXILE THE SECONDのパフォーマー・橘ケンチも、日本酒の魅力を発信する活動で知られており、2023年には、『橘ケンチの日本酒最強バイブル』(宝島社)を上梓している。
リアルサウンド ブックでは、神奈川健一と橘ケンチの対談企画を実現。お互いが日本酒の魅力に目覚めたきっかけや、自身が考える究極の一本、意外なペアリングについてまで、日本酒愛あふれるトークを繰り広げた。
おいしい日本酒をはじめて飲んだときの衝撃

――お二人がそもそも日本酒にハマったきっかけは、なんだったんですか?
神奈川健一(以下、神奈川):私はもともとビール党だったんですけど、2010年代に【獺祭】(旧旭酒造/現獺祭)ブームが訪れたころ、試しに飲んでみたら衝撃を受けまして。原料はお米のはずなのにどうしてこんなにも果実味があるんだ、どうしてこんなに味が広がっていくんだと、なかばパニックになりながら他の銘柄を飲みはじめたら、すっかりハマってしまいましたね。【新政】(新政酒造)と【十四代】(高木酒造)に出会ってからは、もう抜け出せなくなってしまった。
橘ケンチ(以下、橘):わかります。おいしい日本酒をはじめて飲んだときって、本当に、衝撃を受けるんですよね。僕はもともと、日本酒といえば学生時代の飲み会で雑にガバガバ飲むような印象が強かったんですけど、あるとき、知り合いに日本酒バーに連れていかれて。お料理にあわせて飲むと、こんなにおいしいものなのかとびっくりしたんです。そのときは【山本】(山本酒造)を飲んだことしか覚えていないんだけど(笑)、日本酒っておもしろいなと酒蔵をめぐるようになったら、ずぶずぶと、あっという間に抜け出せなくなって。

神奈川:酒蔵って、おもしろいですよね。僕は、基本的に宅飲み派で、酒屋さんで見つけたものを、自分でつくったつまみと一緒に飲むんです。でも、ときにはやっぱり酒蔵にも足を運びたくなります。秋田の男鹿半島にある「稲とアガベ」という酒蔵は、社長さんが新政で修業された方ということもあって、以前、訪れました。
橘:岡住修兵くんですね。新政を卒業した人はやっぱり、うまい酒をつくる人が多い。
神奈川:どこで修業した人なのかを調べるのも、ひそかな楽しみですよね(笑)。
橘:「稲とアガベ」は正確にいうと酒蔵ではなく、ここ数年台頭してきた「クラフトサケ」(日本酒の製法に発酵段階で副原料を加える新しいジャンル)の醸造所。日本酒だけでなく、町の未来を切り開くため、さまざまなことに挑戦しているところが、気合が入っていていいなあと応援する気持ちでいます。僕はアガベシロップを用いた【稲とアガベ】を紹介したけど、神奈川さんは【交酒 花風】を紹介していましたね。
神奈川:米と麹にくわえて、ホップが使われていて、ユニークなんだけど、本にも書いたようにそこには日本酒職人の魂がこめられているのを感じるんですよ。僕は酒屋さんから間接的に蔵人さんのお話を聞くことも多くて。日本酒って本当に、つくる人の工夫とこだわりが活きる酒なので、どんな人がどんな想いでつくっているのかを聞くと、会ったこともないその人の顔が見える気がして、より魅力的に感じてしまいます。
橘:いきつけの酒屋さんはあるんですか?
神奈川:吉祥という、横浜のお店に行くことが多いですね。でも、酒屋の店主もけっこうクセの強い方が多くて、店によって仕入れも違えば、教えてもらえる知識も違うので、いろいろ巡ってみたりもします。
橘:横浜に行かれるのなら、おすすめしたいのが横須賀にある掛田商店。僕の地元なので、子どもの頃からコンビニ感覚で立ち寄っていたんですけど、実家を出たあと久しぶりに帰ったら、日本酒好きの聖地みたいに変貌していたんです。日本全国をめぐってお酒を集めているらしく、かなりの出物がそろっていますよ。僕がはじめて酒蔵めぐりで訪れた一軒目が、佐賀の小松酒造。そこの【万齢】が大好きなのですが、掛田さんは神奈川県唯一の特約店だそうで、ご縁を感じました。
大手蔵の本気のパック酒とは?

神奈川:けっこうセレクトが重なっているところがあって、嬉しかったですね。でもとにかく、情報量が多い。500種もの銘柄を紹介しているうえ、製法をはじめ、日本酒とはなにかを一から教えてくれるのがいいなと思いました。でも何よりすごいと思ったのが、銘柄の紹介文に、一つとして同じ表現がないんですよ。
橘:それは、かなりこだわりましたね。3日間かけて、朝から晩までテイスティングしたので、かなり大変でしたけど(笑)。
神奈川:3日間!
橘:IMADEYAさんにご協力いただき、全種類集めていただいて、倉庫でテイスティングさせていただきました。もちろん、一口ふくんで香りと味わいだけ感じるだけなので、飲んではいませんけどね。飲んでいたら、開始1時間くらいでべろべろになってしまう(笑)。
神奈川:そのなかで「500本の中でピカイチ」と書かれていた【越乃寒梅】(石本酒造)の大吟醸が僕は気になっています。これは、買わないとまずいな、と。
橘:いやあ、やっぱりすごいんですよね。僕は熱燗で飲むのが好きなんですけど、飲んでいるとずーっと浸れてしまうというか「あ、これだけでいいや」って思っちゃう。究極のお酒だと思います。昔から愛されているお酒だから、飲んだことがなくても、名前は知られている大御所感がありますし、もはやレトロですらあるかもしれないんですけど、でも、今なお残り続けていることにはやっぱり意味があるんだな、と。

神奈川:大手でいうと、ケンチさんが紹介していた【しぼりたてギンパック〈生貯蔵〉】(菊正宗酒造)もすごいですよね。僕は、スーパーの日本酒コーナーは舐めちゃいけない、意外といいお酒が揃っているんだってことをみなさんに知っていただきたいのですが、ギンパックが出たときはさすがに驚きました。界隈がざわつきましたよね。「なにこれ、やばい」って。
橘:あれも「これさえあればいい」のお酒ですよね。しかも、900mlで千円前後。
神奈川:ケンチさんは「レモンクリームのよう」と表現されていましたけど、まさにと思いました。しかし、中小蔵はみんな泣くんじゃないでしょうか、こんなものがスーパーで手に入っちゃうなんて。
橘:しかも、パックの酒でね。酒蔵を巡ろうとするとき、どうしても中小の蔵に目がいきがちなんだけど、大手蔵が本気を出したときにどれほどの力を見せてくれるのか、思い知らされた気がしました。この先の日本酒はどうなっていくんだろう、と震えましたよ。でも、そもそも考えてみたら、生産されている日本酒の7割はいまだにパック酒なんですよね。最近の日本酒ブームで、獺祭や新政もいろんなところに並ぶようになりましたけど、実は日本酒業界全体の一割にも満たないんだと思うと、ニッチな産業だなと改めて感じます。
神奈川:だからこそ、ケンチさんが越乃寒梅やギンパックを紹介してくださったことが嬉しいんですよ。
橘:いやでも、神奈川さんの『世界一やさしい 日本酒の味覚図鑑』もすごかったです。果実味ひとつとっても、杏子にいちじく、バナナにマンゴー、ユズ……と20種類のアイコンに仕分けして説明されている。自分の好みの味かどうかが、ひと目でわかるようになっているんです。しかもどのお酒にも、ぴったりの肴がなにか紹介されている。

神奈川:いやあ、後悔しましたね(笑)。いったい、いつまで食べ続ければいいんだと思いながら、ペアリングを考えていました。
二人のおすすめのペアリングは?

橘:僕がずっと言っているのは、麻婆豆腐は意外と日本酒と合う。
神奈川:あ、わかります! 実は数日前、たまたま家で麻婆豆腐をつくって。赤ワインと合わせるつもりだったんですけど、なんとなく、家にあった【花巴】(美吉野醸造)の四段仕込みとあわせてみたんです。そうしたら、麻婆豆腐のしびれやからみと、日本酒の甘さがぴたっとそろって、いい具合に丸め込んでくれて。
橘:すばらしい。中華と日本酒はけっこう、合うんですよね。僕は町中華が好きなんですけど、町中華にぴったり合う日本酒の銘柄を見出し、仕入れるようにしたら日本中を席巻するんじゃないかと思っているんです。そもそも紹興酒はもち米からつくっているわけだし、あわないわけがないと思うんですよ。【富久長】に代表される今田酒造さんも、最近、四川料理や火鍋にあうお酒として【富久長 と】を中国での販売を開始したと聞きました。
神奈川:それは知らなかった。
橘:台湾に行ったとき、たまたま酒屋さんで【雁木】(八百新酒造)のスパークリングを見つけて、屋台飯とあわせて飲んだらめちゃくちゃおいしかったんですよ。湿気と熱気に満ちた台湾にも、日本酒は合うと思う。

神奈川:濁りがいい働きをしたのかもしれませんね。だとすると、獺祭のスパークリングもあいそうだな。僕は、ブルーチーズと貴醸酒をあわせるのが好きなんですよ。どんどん酒が進んでカロリーを摂取してしまうので、危険ではありますが(笑)。あと、獺祭ニ割三分とうな重。もしくは、和牛ステーキ。これはあまりに最高で、家で叫んでしまいました。
橘:酒蔵を見学したあと、その土地ならではの料理と日本酒をあわせていただくのが最高なんですが、家飲みも自由に可能性を広げられて楽しいですよね。僕は【酉与右衛門】(川村酒造)が好きで、神奈川さんの本に載っていて、とてもうれしかったのですが。
神奈川:ネットだと正しい漢字を表記できない酉与右衛門ですね(笑)。
橘:秋田のお寿司屋さんで初めて飲んだとき、甘さも抜群で爽快感もあり、なんてうまい酒に出会ってしまったんだと、しばらくそればかり飲んでいたんですよ。料理がさっぱりでもこってりでも、両方合うし。
神奈川:繊細過ぎる味でなければ、なんにでも合う受け皿の広いお酒ですよね。
橘:味噌汁と一緒に飲むのもいいよなあ、なんて思います。
神奈川:発酵と発酵ですから、あわないわけがない。好きな日本酒に、その土地の味噌を使って家でつくってあわせる。最高の贅沢ですね。
これから日本酒を嗜んでみたい方に

橘:飲みやすい、といえば【甲子】(飯沼本家)などいいんじゃないでしょうか。慣れていない人は「これって日本酒なの?」って驚くと思う。
神奈川:【甲子林檎】(きのえねアップル)という、さらに日本酒のイメージをくつがえす銘柄もありますよね。僕のおすすめは……やっぱり、獺祭かなあ(笑)。わりとどこででも手に入るし、保存性がいいので扱いが簡単なんですよ。そういう意味でも、初心者向きかも。

橘:そういえば、500種中、僕が初めて飲んで感動したのが【桃の里】(赤磐酒造)なんですよ。甘さと酸が見事に溶けあうのが、めちゃくちゃうまくて。越乃寒梅とはまた違う意味で、ピカイチでした。
神奈川:ええ! 僕の友人が好きで、蔵元から大量に買い込んでいるんですけど、誰にも理解されないと嘆いていて。
橘:けっこう甘いんですよね。でも微発泡で、ちょっと濁っていて、甘いだけじゃないんです。テイスティングもずいぶん進んでいた頃だったから、評価の目も厳しくなっていたはずなのに、それでも衝撃を受けましたね。甘党の人なら、日本酒初心者でも飲みやすいかもしれないけど、ほとんど市場に出回っていないんですよね。そういう意味では玄人向け。
神奈川:でも、そういう銘品に出会えるのが、日本酒の世界の楽しいところですよね。
橘:そうですね。それに、僕がいちばん驚いたのは、テイスティングする中で「おいしくないな」と感じた銘柄が一種類しかなかったんですよ。それも、もしかしたら、不運にも保存状態が悪かっただけかもしれない。これだけ試して全部おいしい、しかもどれも違う味わいがするって、日本酒ってなんて奥深いんだろうと思います。
神奈川:ケンチさんの本で対談されていた新政の佐藤祐輔社長が「とにかく飲んでもらわなきゃ始まらない」ということをおっしゃっていて。僕は今回、ただ飲むのが好きなだけのやつが一消費者として日本酒を紹介すると、刺さる人がいるんじゃないかなと思ってこの本をつくりましたけど、ケンチさんのような若い世代にも影響力のある方が、日本酒をこれほど熱心に盛り立ててくださっているのが、一ファンとしてありがたい限りです。
橘:僕も、日本酒を好きな方に出会えるのはとても楽しいです。いずれぜひ、一緒にまたお仕事させてください。

■書誌情報
『世界一やさしい日本酒の味覚図鑑』
著者:神奈川健一
イラスト:山本祥子
価格:2,090円
発売日:2025年12月2日
出版社:カンゼン























