笑い飯・哲夫が考える、“苦しみの乗り越え方”「大事なのは生きるうえでなにを選ぶかって話」

笑い飯・哲夫、新刊小説インタビュー

 笑い飯・哲夫の新刊小説『頭を木魚に』(主婦の友社)が発売された。

 芸人界随一の仏教好きとして知られ、仏教に関する書籍を数多く執筆するかたわら、そのほかにも官能小説や青春小説を書いてきた哲夫。今回の『頭を木魚に』は理不尽な社会で苦しむ主人公を描くもので、これまでの小説のなかでもっともストレートに仏教の教えが物語と関わってくる。彼の執筆業の両面が融合した“集大成”とも言えるかもしれない。

 哲夫はなにを考えてこの小説を書いたのか。本人に聞いてみた。

影武者と惨めさ

笑い飯 哲夫

――『頭を木魚に』は哲夫さんの3作目の小説となります。執筆のきっかけはどのようなものでしたか。

哲夫:主婦の友社さんから「死の苦しみを乗り越える」というテーマの小説を書かないかという依頼をいただいたのがきっかけです。ちなみに、ぼくも3作目の小説だと思ってたんですけど、よく考えたら数年前に『ブッダの一生』(ワニブックス)を物語調で書いたのがあるので、それを小説に入れるのであれば4冊目になるかも。どっちにしろトータルで言うたら10冊目の本で、ひとつの節目かなという気持ちはしてますね。

――執筆は順調でしたか。

哲夫:ものを書くのはいつも楽しんでやってます。

――小説と入門書で仏教を語るにあたって違いはありましたか?

哲夫:小説なのでもちろんストーリーは読者の方々を引きつけるようにと思って作りましたけど、ほかはそこまで違いはないですかね。

――今回は仏教のほかに「影武者」もテーマになっています。影武者に漠然とした憧れを持っていたタクシー運転手の主人公は、とある事件に巻き込まれてだれかの身代わりとなり、読んでいると胸が苦しくなるほど追い込まれていきますが、哲夫さん自身は影武者への憧れはありますか。

哲夫:自分の命を捧げてまでだれかを救おうとすることに「なんて良いひとなんだ」とは思います。でも、自分がその立場だったらと想像すると、たぶん逃げ出すやろなと思う。だって、すごい惨めじゃないですか。

 ただ、一方でそんな惨めさにある種の興奮を感じる部分もあります。ぼくは昔はややMだったのがいまはドSになったんですけど、Mのほうを極めてたら行き着くところは影武者的な存在やったのかなと。ちなみにややMからドSに変わったのは15歳のときでした。Sって攻撃したいってことやとよく勘違いされるんですけど、そうじゃない。Mのひとの気持ちが分かるから、相手が気持ちよくなるように施してあげたいっていうサービスのSなんです。

――MからSに変わったきっかけはあるんですか?

哲夫:なにがきっかけというわけではないんですが、そのころから自分のことだけじゃなくて周りのひとのことを考えられるようになった。サッカー部でもそのころからよくパスを出すようになりました。要は協力プレイができるようになったということですね。

 コンパとかで「自分ってMなん? Sなん?」って聞くひとがたまにいますけど、ぼくはその聞き方は間違ってると思う。人間をふたつに分けるなら、「SかMか」じゃなくて「SMが分かるか分からないか」ですよ。ぼくはSMが分かる側なので、今回はM気質の惨めさの部分を膨らませて話に入れたという感じです。

――惨めさという話ともつながるかもしれませんが、『頭を木魚に』ではいくつか重要なところで太宰治の話題が出てきます。太宰のどんなところに魅力を感じていますか。

哲夫:高1のときに友達に紹介してもらって一番最初に文学らしいものを読んだのが太宰でしたね。こんな昔に、ここまでぼくと同じようなことを考えてたひとがいたんだと思いました。たとえば『人間失格』で言えば、主人公が自分のなかの汚い部分を見せないようにわざとおどけてみせたりするところなんかに共感しましたね。

――太宰に出会ったのとSに切り替わったのがかなり近いタイミングだったんですね。

哲夫:言われてみればそうですね。意識したことなかったですけど、もしかしたらなにかでつながってるのかな。

――哲夫さんは以前に出された小説のインタビューで、三島の文体の魅力についても語っていました。太宰に感じる魅力はそれとは違いますか?

哲夫:三島が太宰の悪口を言ったので有名なように、やっぱりおふたりは相性悪いんでね(笑)。太宰って基本的に全ページがネズミ色というか、ほのかに薄暗いなかで話がずっと進行していく。対して三島はけっこう明るい照明がつく風景と真っ暗なところがはっきり分かれてるイメージですね。言葉に色がいっぱいついてる感じというか。

生きづらさをどうするか

笑い飯 哲夫

――作中では主人公が薬物の効果で情緒不安定になるシーンもありました。気持ちの浮き沈みが主観の視点から描かれていて生々しかったです。

哲夫:ぼくはそういう薬は飲んだことないので想像で書いたところはあります。思い浮かべてたのは、風邪を引いて熱出して寝込んだときに、頭のなかに変な図形がわーっといっぱい出てくるときの感じです。

――今回はそのシーンも含め、ファンタジックな描写もところどころありました。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、クライマックスのシーンもインパクトがすごい。

哲夫:あそこめちゃくちゃでしょ?(笑)わざとめちゃくちゃしてるんです。この話の最後で仏教も絡めながら解決するんやったらこれしかないやろと。

――逆に言えば、そんな解決が必要なくらい主人公は追い詰められて苦しいところまでいく。今回の宣伝文には「なぜ、こんなにも生きづらいのか」という言葉もありましたが、いまの社会をどう捉えていますか。

哲夫:世のなかぜんぶ便利にしようとしたけど、便利になればなるほど問題も出てきて自分で自分の首を締めてるなって感じがします。たとえば、自転車ができてスマホもできて便利になったけども、逆にスマホ見ながら自転車に乗るひとが出てくる。すると新しい法律もつくらなあかんようになって息苦しくなる。もちろん便利になることはいいことですけど、そういうのを追い求め過ぎて逆に生きにくくなるのはよくあることなんじゃないかなと思いますね。

――スマホといえば、SNSも現代人の苦しみのもとなのではとも感じるのですが、どう思いますか?

哲夫:正直、18歳未満はもうSNS禁止にしていいんじゃないかなと思います。言うたらアダルトビデオみたいなもんですから、18禁でいいかなと。ぼくはもうSNSやめましたけど、会社に「やってくれ」って言われてやってたときはやっぱり誹謗中傷を受けることも何度もありましたしね。

 ただ、そんなときでも般若心経で言われてることを頭に浮かべたりして、ここに一番解決すること書いてあるやんと思ったりもしてました。要は、そんな誹謗中傷なんてなんの実体もない「空(くう)」やと思ってたらなにもへこまない。それに、もしけなされてショックを受けても、そのショック自体も実体がなくてどうせ持続しないんです。もちろん「他人を蔑むようなことを書き込むな」という教育が大事なのは前提ですけど、受け手側にもそういう教育が行き渡るともっといいかなと。

 そういう考えがひろがって、SNSになにが書いてあってもだれも気にしなくなり、昔あったMDみたいな感じで淘汰されていけばいいのになと思います。その代わりになにか別の進化したシステムが出てきて、もっといいコミュニケーションができるようになってほしい。このまえ小学校の講演でこの話をしたら、子どもらもそういう新しいなにか作りたいって言ってましたよ。

――どういうものができればいいのかを考えると楽しいですね。

哲夫:けっこう簡単な1個のアイデアやったりするんちゃうかと思うんですけどね。なんか怪文書みたいにどういう風に読めばいいかわからんようにするとかね(笑)。「おまえ芸人やのに全然おもろないやんけ」って書かれてても、それを迷路みたいな順番で読まないとわからない。そしたら「こいつおもろいゲーム作りよるな」ってなってへこむ暇もなくなる。

――(笑)

哲夫:ちなみにこれは吉備真備ってひとのエピソードです。遣唐使として中国に行った賢いひとなんですけど、あるとき皇帝からどう読んだらいいかわからん文書を出されて、読めと言われる。困ってたら天井から蜘蛛が降りてきて、文章のうえを「こういう順番で読んだらええよ」って歩いて教えてくれるんです。SNSもそんなんなったらおもろいんちゃうかな。

――なるほど。哲夫さんは歴史にも詳しく、今回の小説では影武者について、あるびっくりの伝承(諸説あり)も紹介されていました。

哲夫:はい。日本史のマニアックなことははじめて書いたので、歴史好きのひとにも読んでほしいですね。

――そのほかにはどんな読者に読んでほしいですか。

哲夫:もちろんあらゆるひとに読んでいただきたいです。でも、やっぱり生きづらさを感じているひとにはとくに読んでほしいですね。もっと強い言葉で言えば、精神的に病んだりしてしまってるひと。

――はい、そういう方にとくに響く小説だと思いました。

哲夫:そうなんです。もう答え書いてあるんですよ。結局、大事なのは生きるうえでなにを選ぶかって話ですからね。今日は山手線に乗ってここまで来たんですけど、あの満員電車に毎日乗ってるひとたちって満員電車のプロやなって思ったんです。芸人は仕事がら時間がまちまちなんで満員電車に乗ることもあれば空いてる電車に乗ることもあるし、なんやったらぼくは歩くのが好きなのでけっこう歩きます。もちろん電車で行ったら歩くより全然速い。だけどそのぶん時間によってはぎゅうぎゅう詰めの思いをする。結局なにをするにしてもなにかを選んでて、全部を選ぶことはできないんです。そういうことがわかってくれば、いろんな苦しみから解放されて精神的にも豊かになるんちゃうかなと。そういうことを感じてもらえる小説が書けたんじゃないかなと思います。

笑い飯 哲夫

■書誌情報
『頭を木魚に』
著者:哲夫
価格:1,760円(税込)
発売日:2026年5月13日
出版社:ポプラ社

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる