「日本円はこの先ますます弱くなる」元日銀・佐々木融が見据える、資産を自己防衛する時代

元日銀・佐々木融が語る、自己防衛の時代

 今年1月に出版された佐々木融『インフレ・円安・バラマキ・国富流出』(日経プレミアシリーズ)が好調だ。発売1ヶ月で4万部を突破し、Amazonランキングでは1位(マクロ経済学カテゴリ。5月8日時点)を獲得。経済に関心の高い層だけでなく、広く読まれている。

 「実質実効レートでは過去最低水準の円安」「実質金利はマイナスなのに、なぜ利上げできないのか」――日常生活では耳慣れない経済用語がたびたび登場するにもかかわらず、なぜこれほど多くの読者に届いているのか。著者の佐々木氏に執筆の動機や今後の日本経済の見通しを聞いた。

経済学者ではないから書けた日本経済の入門書

佐々木融氏

――『インフレ・円安・バラマキ・国富流出』(以下、本書)が好評です。本書のヒットをどのように受け止められていますか?

佐々木融氏(以下、佐々木):反響はとても感じています。知人などから感想をもらう機会も多いです。タイトルは編集者さんに付けてもらったのですが、それが多くの方の関心を引いたのかもしれません。

 日常生活のなかで、円安やインフレの影響を肌身で感じる機会が増えているはずです。仮に経済に関心が薄かったとしても「最近の円安は異常ではないか」「バラマキ政策ばかりで日本の将来は大丈夫だろうか」と薄々感じている方も多いのでしょう。そうした人々の不安をずばり言い当てるタイトルだったのではないかなと。

――本書は日本経済の現状や今後の見通しを分析・解説する一冊です。印象的だったのが、最初の見出しが「「お金」ってそもそもなに?」なことです。基本的な知識から解説することで、これまで経済に関心のなかった読者でも、現在の日本経済を理解しやすい構成になっています。

佐々木:もちろん幅広い層に本を届けたいという思いはありました。日本はなぜかお金の話を避ける風潮があります。本音では興味があるにもかかわらず、表立ってお金について口にしないことが美徳になっている。昔から「それは違うのでは」と感じていたので、読者が経済や金融をより身近に感じて、知識を深められるような本にしたいと思いました。

 ただ、それとは別に、私が経済学部出身ではないというのも、本書の内容に影響を与えていますね。

――佐々木さんは日本銀行やJPモルガン・チェース銀行で勤務し、「為替の第一人者」とも呼ばれます。経済学部卒ではないのは意外でした。

佐々木:私は経済を学校ではなく日銀の実務で学びました。お金がどのように発行され、市場に流通し、国庫に戻ってくるのか。そのプロセスに日銀の行員として携わるなかで経済のメカニズムを理解していきました。

 なので、経済学者ほど理論を熟知しているわけではないのですが、実体経済の動きや仕組みへの理解には自負があります。だからこそ、小難しい理論を用いるのではなく、専門用語も噛み砕いて解説しようと。そうした私のモチベーションが多くの読者に受け入れられているのは、嬉しい限りですね。

バラマキをやめられない日本は「時すでに遅し」

――たしかに本書は経済の入門書にぴったりです。ただし、日本経済への見通しはかなり悲観的ですね。前書きでも、日本経済は「時すでに遅し」ではないかと述べています。

佐々木:そうですね。何より、日本円の価値がどんどん下落していることに尽きます。その大きな要因が、タイトルにもある通り、日銀の量的緩和策による通貨のバラマキです。今、振り返れば、第二次安倍政権下に日銀の独立性を揺らがせてまで「異次元の金融緩和」を始めたことが「終わりの始まり」でした。

 バラマキは一度始めてしまうと、なかなか止められません。当然の話ですが、お金を配られて嫌がる人はいません。庶民だけでなく、不動産などを所有する富裕層も名目の資産価格が上昇するので嬉しい。国民に人気の政策なので、政治家にも止めるインセンティブはない。だから、次第にバラマキの歯止めが効かなくなり、過度にインフレや円安が進んでも、金利の引き上げなどの金融引き締め策が取れなくなります。

 その歪みを露呈させたのがコロナ禍でした。当時、各国の政府が自国経済の活性化などを目的に、日本と同様に中央銀行が政策金利を下げて国債を買い取るといった金融緩和策を取りました。しかし、2022年頃から欧米は引き締めに転じたにもかかわらず、日本が利上げに動いたのは約2年後の2024年です。その後も動きは鈍く、4月に行われた日銀の金融政策決定会合でも利上げが見送られました。

「景気悪化の懸念」が理由として挙げられていますが、現在はインフレ率よりも名目金利のほうが低い実質金利マイナスですから、この状態が続けば日本円は諸外国の通貨に対してますます弱くなり、国民の資産は実質的に目減りし続けます。しかし、それでも金融政策の方向性を転換できない。

――ホルムズ海峡危機の影響で、今後さらなるインフレが予測されています。

佐々木:日本はエネルギーをはじめさまざまな資源を輸入に頼っています。円安が進めば物価は上がりますし、そこでさらに原油の供給が制限されればインフレが加熱するのは当然です。まさに「泣きっ面に蜂」と言うほかありません。

 しかも、苦境はこれで終わりではない。日本は通貨だけでなく、財政の悪化や産業基盤の脆弱化などを抱えています。つまり、国全体が弱っていて、新たな危機の波が到来するたびに、さらに悪い方向へと流されざるを得ない。

 これは長らく懸念されてきた数々の問題を先送りにしてきた結果です。通貨のバラマキだけでなく、エネルギーの中東依存も国富流出も以前から問題を指摘され続けてきました。にもかかわらず、政治も経済も「ゆでガエル」的に現状に留まり続けてしまった。「変えられない」という体質こそが、この国を貧しくしている根本原因といっても過言ではありません。

「コストプッシュインフレ」に利上げは不要なのか

――ということは、まずはインフレを止めるためにも日銀は金利を上げるべきだと。

佐々木:「インフレを止めるため」というよりも、実質金利がマイナスのままでは日本円の価値が下がり国民の預金が目減りしていくので、それによる景気悪化を防ぐために利上げをするべきだという考えです。実際に、多くの国民にとっては銀行にお金を預けていれば金利がついて自然と預金が増えていくほうが得でしょう。

 これを言うと「住宅ローンを借りている世帯には返済額が増えて不利だろう」という反論が決まって返ってくるのですが、日本において住宅ローンを借りている世帯の数は、借りていない世帯の半分程度です。しかも、今の時代に住宅ローンを借りている世帯は比較的裕福な現役世代ですから、実質金利マイナスは高齢者や低所得の現役世代に皺寄せが向かってしまう。それを避けるためにも利上げをすべきだと思います。

――しかし、昨今のインフレを「コストプッシュインフレ」と指摘する声もあります。ウクライナ戦争以降、輸入される原材料などが高騰したことによる物価上昇だと。つまり、インフレの抑制に利上げは不要とする主張です。

佐々木:よく首を傾げてしまうのですが、コストプッシュインフレとデマンドプルインフレ(需要の過熱による物価上昇)にそれほど大きな違いがあるでしょうか。もちろん、理論上は異なる現象ですし、インフレの原因を突き止めることは分析的な意味では意義があります。

 しかし、国民の側に立ったときに、供給サイドと需要サイドのどちらに問題があろうともインフレはインフレです。両者ともに需給が逼迫して発生していることには変わりないわけですから。それにもかかわらず、バラマキでさらに需要を刺激すれば、ますますインフレは加速してしまいます。現在、政府が実施しているガソリン補助金の問題が典型的です。ただでさえ原油の輸入量が減って供給が下がっているにもかかわらず、補助金を交付してガソリン価格を下げれば、需給はますます逼迫します。

 もちろん利上げがインフレ抑制の唯一の策というわけではありません。しかし、需要の加熱を抑える一つの方法であることは確かです。

賃上げの足枷である「ゾンビ企業」を淘汰すべし

――もし今後、インフレが続いたとしても、それ以上に賃金が上昇すればよいのではないでしょうか。岸田政権以降、政府も「物価上昇を上回る賃上げ」を政策の目標に掲げています。

佐々木:今のままでは難しいと思いますね。今年に入ってから、名目賃金から物価の影響を差し引いた実質賃金はプラスに振れていますが、昨年度までは4年連続のマイナスでした。企業が賃上げをする理由も、人手不足に伴う人材確保という側面が強く、生産性が向上しているからではありません。今後、インフレは継続が見込まれるので、企業が持続的に賃金を上げるには生産性の向上が絶対です。

――生産性は「投入した労働力や資金に対して、どれだけの成果を得られたか」を表す指標ですよね。ということは、人手不足で労働力が減っていけば、生産性は自然と高まっていくのではないですか。

佐々木:理論上は確かにそうなのですが、業績不振にもかかわらず政府支援などで延命している「ゾンビ企業」は、人手不足でも経営を維持できてしまい、生産性が低いまま温存されます。実質賃金を上げるには、ゾンビ企業のような非効率な企業で働く人々を、生産性の高い企業が吸収しなければいけません。つまり、政府はゾンビ企業を政策的に淘汰しなければいけないのですが、むしろ資金繰り支援などで延命させています。

 本書でも述べましたが、本来、政府が救うべきなのは個人であって企業ではありません。仮に、ゾンビ企業の淘汰により失業率の増加が懸念されるのであれば、失業者個人に対して再就職支援やリスキリングなどの支援を提供すべきです。経営が事実上破綻している企業を「雇用のセーフティーネット」として温存するのは誤りです。そもそも、人手不足がこの先さらに極まれば、企業の淘汰を進めても失業率増加への影響は限定的でしょう。政府は企業の新陳代謝を促す政策を推進すべきだと思います。

為替介入が限界を迎えたとき、最悪のシナリオが訪れる

――ということは、インフレと円安は今後も継続し、実質賃金の上昇はなかなか期待できないと。見通しは暗いですね。

佐々木:4月末から5月にかけて、日銀が円安是正のための為替介入に踏み切りました。しかし、為替市場で円を買うための外貨準備には限りがありますから、いずれ介入の効果は限界を迎えます。

 そのときが崩壊の入り口です。世界から信用を失った日本円は暴落し、国民生活は極度のインフレに見舞われるでしょう。現在のインフレ率は2%弱ですから多くの国民が看過していますが、生活必需品の価格が日に日に上がり、預金の価値が目に見えて毀損されれば黙ってはいられないはずです。そうした最悪のシナリオが現実になる前に、政治や社会が変わることを期待したいです。

――今の日本経済に不安を覚えている読者に、何かアドバイスはありますか。

佐々木:いわゆる「失われた三十年」は、物価、賃金、金利が変わらず、淡々と預金をするだけで資産が守られた特異な時代だったと思います。しかし、この先、その前提は崩れて、資産を守るためには何らかの行動を取らなければいけなくなるでしょう。

 災害が起こると、テレビでは「自分の身を守る行動を」というフレーズが連呼されますよね。それと同様に、私たちは「自分の資産を守る行動を」と心がけなければいけません。

 具体的に言えば、預金から投資へのシフトは必要でしょう。しかし、投資の最適解は人によって異なります。ライフステージや将来設計、家族構成、保有資産などによって、投資のあるべき形も変わってきますから。だからこそ、「自分に最適な投資とは」と主体的に考え、実行に移すことが大切です。

 資産防衛が求められる時代に不安を感じる読者も少なくないでしょう。ですが、悪いことばかりでもありません。例えば、若い世代にとって投資が当たり前になる社会は有利だからです。

 投資は農作物を育てることに似ています。じっくり焦らず時間をかけて資産を育てていくわけです。つまり、「時間」を多く保有している人のほうが投資では有利だといえます。若者の強みは年長者よりも多くの余剰時間を有していることですから、日頃から世の中の動きや仕組みに興味を持って、自分に適した投資の形を見極めてほしいですね。

■書誌情報
『インフレ・円安・バラマキ・国富流出』
著者:佐々木融
価格:1,100円
発売日:2026年1月25日
出版社:日経BP

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