乾ルカ × 岡田彩夢が語り合う「一人でいること」を選ぶ理由 新作小説『灯』対談
考えが違う誰かと話すことで、新しい脳の回路が開く
——岡田さんはアイドルとして活動する傍ら、イラスト、文筆、シナリオなどの分野でも活躍していて、大学院で近代文学を研究しています。やりたいことがたくさんあるのも大きいのでは?
岡田:そうですね。子供のころの最初の夢は、小説家だったんです。小学校の頃はずっと小説みたいなものを書いてたんだけど、転校したときに「友達が欲しいな」と思って。初音ミクの絵が貼ってある部室を見て、「ここならオタク友達ができるかも」と美術部に入ったんですよ。そこからはずっと絵ばっかり描いて。今はアイドルをやりながら、文筆だったり、大学院で研究もしていたりして。やりたいことは全部やってます(笑)。
乾:私も実は、子供の頃はマンガ家になりかったんです。ただ、才能がゼロで。見たままを描けないし、かといってイメージを膨らませて描くのもダメで。色塗りも下手だったんです。小学生のときに雪まつりの絵を描かされたんですけど、「下書きはまあまあだけど、色塗りがダメな例」として張り出されたんです。
岡田:えー、ひどい。
乾:そのあともめげずに絵を描いて、20歳くらいまでけっこう本気でマンガ家になりたいと思っていました。ある程度、大人になって「さすがに無理だろう」と諦めました。かといって堅実な道にも進めず、本当にダメでしたね。
岡田:私もまったく堅実な道を歩んでいません(笑)。
乾:向き不向きもあると思うんですよね。私は銀行に勤めたこともあるんですが、辛すぎて、毎朝泣いてましたから。決められた時間に行って、決められたことをやるというのが本当に向いていなかった。
——表現の道に進んだのは正解でしたね。
乾:正解かどうかはさておき、朝、満員電車に乗らなくていいというだけでも、本当に得しているなと思います。
岡田:わかります。平日の昼に寝ていても怒られないので(笑)。
——蒼ちゃん、冬子ちゃんがマネージャーをやっている野球部の描き方も『灯』の読みどころだと思います。
乾:ありがとうございます。じつは野球のシーンは、推敲する段階でバッサリ短くしたんですよ。最初はもっと長かったんですけど、編集者の助言もあって。そのおかげスピード感を持って読んでいただけるようになったのかなと。
岡田:そんなやり取りがあったんですね。私は正直、野球のルールがあまりわからなくて。でも、専門用語はあまり出てこないし、試合結果もわかりやすく描かれているので、とても読みやすかったです。印象に残ってるのは、部員同士の「このポジションを誰がやるのか?」という話し合いの場面。すごく緊張があるシーンでした。あとは野球部のみんなのモチベーションの違いかな。アイドルグループでも似たようなことがあるんですよ。アイドル歴が長くなると力の抜きどころがわかってきたり、逆に新人の子ががむしゃらに頑張りすぎて、体調を崩してしまったり。「がんばってないと安心できない」という気持ちもわかるし、理性と感情で正解が違うというか。『灯』の野球部は少しずついい方向に向かっていって、よかったなって。
乾:私もソフトボール部だったんですけど、それほどがんばらなかったんですよね。「もう少しがんばればよかったな」と思うこともあるし、米田くんについては“高校時代になしえなかった自分の姿”を投影したところがあるかもしれないです。
過去の自分に充てて長い手紙を書いているよう
——文章を書くというところで、岡田さんから乾さんに聞いてみたいことはありますか?岡田:さっきも言ったみたいに中学で美術部に入ってからは絵ばっかり描いていて。絵で承認欲求を満たしていたから、小説を書かなくなっちゃったんですよ。でも、一昨年文壇バーにおじゃまする機会があって、ママさんに「あなた、書いたほうがいいわよ」と言われたんです。そこから一度折った筆をまた手に取り、書き始めて。今は短篇を書いているんですよ。7割くらい書いたものを編集の方に送って、レスポンスを待っているところです。
乾:そうなんですね。楽しみです。
岡田:また書き始めて、気付いたことがあって。絵を描いているときの原動力は怒りだったんですけど、小説は自分を癒すために書いてるような気がするんです。創作をする方に「原動力はなんですか?」と聞くことがあるんですけど、乾さんはどうですか?
乾:慰めかもしれませんね、私も。あるいは過去の自分の面倒を見るといいますか。中学、高校の頃の私は本当にどうしようもなくて、なのに「自分は人と違う」と思っていて。人の話にもまったく耳を貸さなかったんですけど、そんな自分に充てて長い手紙を書いているような気もします。
岡田:素敵です。
乾:ただ、その頃の私が長い手紙を読むかと言えば、NOなんですよね。『灯』を渡しても読まないだろうし、そこでも永遠に噛み合うことがない。
——ずっと埋まることのない過去の自分とのギャップが、小説を書くモチベーションになっている。
乾:そうかもしれないですね。最近は、そろそろ未来の自分にも……と思っているんですけどね。少し前までは「人の考え方というのは、そんなに変わらないんじゃないか」と考えていたんです。18歳のときの私と今の私を比べても、そんなに変わらないというか。もちろんコアの部分は変わっていないと思うんですが、ここ2~3年は「それでも少し変化しているかもしれない」と感じるようになった。それはやっぱり、自分とは違う他者のみなさんのおかげなんですよね。考えが違う誰かと話すことでーーこの取材の場もそうだと思うんですがーー新しい脳の回路が開くところが確かにあって。今は「誰かといる時間も必要なのかな」と思っています。もちろん一人のほうがいいですけどね。生活スペースに誰かがいるのはイヤだし、人と一緒に旅行に行くのもまったく好きではないので。コロナ禍のときに「修学旅行が中止になった」「リモート授業になった」というニュースがありましたよね。もちろん大変なことだとわかっていますが、私自身は「うらやましいな」と思ってしまって。
岡田:すごくわかります。私は大学2年のときにコロナ禍になったんですが、寝転びながらオンデマンドで授業を受けられたのがすごく良くて。研修旅行も中止になって、私としてはとてもラクでした。ただ、私もちょっとずつ考え方が変わってきてる気がして。いま、短歌を書いているんですけど、いろんな時期の自分を思い出しているなかで、「私、大人の振る舞いもできるようになってるな」と気付いたんですよね。気持ちは中学で止まってると思ってたんだけど、大人の振る舞いもできるし、研究のためのアカデミックな文章も書くし、ビジネスメールも送れるようになって。同時に「全力で鬼ごっこしたい」という自分もいるんですけどね(笑)。この前も友達と一緒にトランポリンで遊んだんですよ。
乾:そうなんですね(笑)。
岡田:つまり、何歳の自分でも取り出せるようになってるのかなと。短歌集のタイトルも「きみはいくつにもなれる」なんですよ。
——乾さんも、高校生のときの自分を取り出せるのでは?
乾:情けない高校生でしたけど、取り出す必要があれば取り出します(笑)。
——岡田さんは、以前にリアルサウンド ブックでるぅ1mmさんとの対談(岡田彩夢 × るぅ1mm『友人の式日』対談)を行なった際も、“恋愛よりも友情”という話をしていました。『灯』のテーマとも重なるし、乾さんとも共通する部分ですよね。
岡田:そうだったらうれしいです。ソロの楽曲の歌詞は自分で書いているんですけど、次に出す曲は「友達でも恋人でもない大事な関係性に名前を付けない」みたいな歌詞になっていて。
乾:すごくいいですね! 私、「友達以上、恋愛未満」という言葉が大嫌いなんですよ(笑)。
岡田:私もです!
乾:友情と恋愛は同軸じゃない!と怒りを覚えるくらい嫌いなんですけど、それなりに市民権を得てしまっている言葉じゃないですか。
岡田:そうですよね。歌詞のなかでは「僕たちを飾る関係性はカテゴライズされない」みたいなことも書いていて。
乾:私のマインドにぴったりです。私の10代後半はちょうどバブルの時期だったんですが、経済活動がとても盛んで、それが恋愛と結びついていたんです。メディアでもそれをもてはやしていて、私はそれがとてもイヤでした。身の置きどころがなかったです。トレンディドラマもまったく見てませんでした。
岡田:私も恋愛ドラマも恋愛小説も読まないし、ラブソングも聴かないです(笑)。
乾:岡田さんのような方に『灯』を読んでもらえて、とてもうれしいです。新曲も絶対に聴きますね!
■書籍情報
『灯』
著者:乾ルカ
価格:1980円
発売日:2024年8月20日
出版社:中央公論新社