連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年7月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は七月刊の作品から。
酒井貞道の一冊:松城明『蛇影の館』(光文社)
女子高生・鱗川冬子が主人公なのだろう、と思って読み進めた読者を早々に驚愕させた後、物語は、人間を殺して身体を乗っ取る怪物〈蛇〉たち——死んでも復活は可能だが、その度に記憶がリセットされるため、原則として、様々な〈条件〉を満たして死を回避する——を巡って、クローズド・サークル内でのミステリに移行する。高校生たちの青春模様と怪物たちの思惑交錯が独特の倫理の下で違和感なく融合・共存していく。そして、特殊ルール下の本格ミステリならではの異形にして精緻な推理と意外性ある真相が、読者の前に姿を現す。傑作。
若林踏の一冊:潮谷験『伯爵と三つの棺』(講談社)
前作『ミノタウロス現象』で怪獣パニック小説に挑戦したと思ったら、今度は18世紀のヨーロッパを舞台にした歴史小説なのか。何て振れ幅の大きい作家だ、潮谷験。「四つ首城」と呼ばれる城で起こった殺人事件を巡る正統的な謎解き小説で、過去の潮谷作品と比べても相当に密度の高い推理を物語の最後まで堪能できる。歴史ミステリとしての完成度も申し分のないもので、18世紀ヨーロッパという舞台設定が後半で展開される謎解きと分かち難く結びついている点に感嘆した。時代背景から登場人物の造形に至るまで、全てに隙が無い小説だ。
野村ななみの一冊:潮谷験『伯爵と三つの棺』(講談社)
犯人当てミステリを毎度異なる作風で仕立てる潮谷験の六作目は、フランス革命前後の欧州の小国を舞台にした長編の歴史もので、とある書記官の手記の形で進む。綴られるのは、三つ子の三兄弟が容疑者となった射殺事件の真相だ。徹底した論理的推理で犯人に迫る探偵役、書記官とその主であるD伯爵の関係性、三兄弟の宿命、背後で響くフランス革命の足音。謎解きに必要な要素と物語の展開が完璧にマッチしているのが潮谷作品の特徴だが、今作の過不足ない精巧な構造には瞠目してしまった。ああ、だから今回は歴史ものだったのかっ……!
千街晶之の一冊:阿津川辰海『バーニング・ダンサー』(KADOKAWA)
七月はジェフリー・ディーヴァーの小説作法を自家薬籠中のものとした長篇がほぼ同時に二作刊行された。呉勝浩『法廷占拠 爆弾2』と阿津川辰海『バーニング・ダンサー』だ。いずれ劣らぬ傑作だが、著者にとっての新境地となった後者を今回は選ぶ。異能バトル×頭脳バトル路線の作品だが、阿津川辰海ってこんなにアクションを書ける作家だったのか。青崎有吾が『アンデッドガール・マーダーファルス』で新境地を拓いた時のような驚きを感じた。フーダニット、ホワイダニット、ハウダニットにそれぞれ工夫が凝らされているのも素晴らしい。