伊坂幸太郎、東野圭吾、桐野夏生……日本発のミステリー/SF、世界進出の可能性を占う

日本発のミステリー/SF、世界進出の可能性

 川端康成と大江健三郎が受賞したノーベル文学賞を代表例として、日本の作家や作品が世界で関心を集めるようになってもう長い。村上春樹も1990年代に海外進出を本格的に進め、毎年のようにノーベル賞受賞が取り沙汰される存在になった。そして近年は、伊坂幸太郎や桐野夏生といったエンターテインメント系の作家が海外の賞にノミネートされる状況で、すでに大人気の漫画やライトノベルに続こうとしている。

 2024年4月、英国推理作家協会が主催するダガー賞で、スリラー部門にあたるイアン・フレミング・スチール・ダガー賞に伊坂幸太郎の『THE MANTIS』(日本では『AX アックス』)が最終候補作となって話題を集めた。7月の発表で『THE MANTIS』は受賞を逃し、ジョーダン・ハーパーによる『EVERYBODY KNOWS』が選ばれたが、ノミネートされたこと自体を快挙と讃える声も少なくない。英語圏の作品も含む部門だったからだ。

 伊坂は22年に、ブラッド・ピット主演の映画『ブレット・トレイン』の原作小説『BULLET TRAIN』(日本では『マリアビートル』)が、同じダガー賞の翻訳ミステリー部門にあたるインターナショナル・ダガー賞にノミネートされていた。こちらは翻訳作品が対象となるためスリラー部門とは条件が違う。17年に横山秀夫『64(ロクヨン)』、19年に東野圭吾『新参者』がノミネートされたこともあっただけに、快挙だが異例とはいえなかった。今回は、英語圏の作品と同列に語られたことが大きな意味を持つ。主要賞のゴールド・ダガー賞につながる道が開かれたといった見方も出た。


 伊坂作品自体は、2000年に第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞したデビュー作『オーデュボンの祈り』が中国やフランス、タイで刊行され、12年にフランスでマスタートン賞の翻訳部門を受賞している。韓国や中国でも人気となっている。最近のように、英語圏で映画の原作としてシリーズが浸透し、世界のミステリーファンが読んでおきたい作家となっていった先で、大きな賞の獲得もあり得そうだ。

 ミステリーでは、アメリカ探偵作家クラブが主催し、『モルグ街の殺人』のエドガー・アラン・ポーにちなんだエドガー賞の長編部門に、日本から桐野夏生の『OUT』が04年、東野圭吾の『容疑者Xの献身』が12年にノミネートされたことがある。すべてのミステリー作品から均等に選ぶ部門だけに素晴らしい成果だが、ダガー賞同様にいずれ受賞を果たして欲しいというのがミステリーファンの思いだろう。

 伊坂や東野、横山のミステリーにはエキサイティングでドラマチックなストーリーがあり、小説好きを楽しませる。欧米での人気もこうした作品性から来ているのだろう。一方で、謎解きを楽しませる本格ミステリーについても、海外で日本の作品がじわじわと広がっているようだ。例えば綾辻行人。20年に代表作『十角館の殺人』が英国のプーシキン・プレスから刊行され、同じ「館」シリーズの『水車館の殺人』が23年に登場。今年も10月に『迷路館の殺人』が刊行される。

 社会派やハードボイルドが人気となる中で、島田荘司や笠井潔が頑張って繋いだ本格ミステリーの分野に1987年、謎解きを前面に打ち出した『十角館の殺人』を送り込んで今に続く本格ミステリーの隆盛を作ったのが綾辻だ。京極夏彦から米澤穂信、今村昌弘といったミステリー作家が活躍できる状況にも繋がっている。好事家の趣味を超えて広がっていけば、後に続く日本のミステリー作家も多く現れそうだ。 

 プーシキン・プレスでは先達の島田荘司による歴史的名著『占星術殺人事件』も15年に刊行しており、今年10月に新装版が出る模様。22年には横溝正史の『獄門島』、今年6月には『悪魔の手毬唄』の英語版を出し、日本のミステリーを”いいとこ取り”して見せている。戦後にSF日本で広まった時、ハインラインやアシモフ、クラークといった大家の傑作ばかりが紹介され、SFとはすごいジャンルだと思わせファンを増やしたという。その逆が、英国においてミステリーの分野で起こる可能性を考えてみると面白い。

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