【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 一条岬から赤川次郎まで、注目の新刊をピックアップ

一条岬から赤川次郎まで、注目のライト文芸

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介。今月は5タイトルをセレクト。(編集部)

一条岬『さよならの仕方を教えて』(メディアワークス文庫)

 実写映画化された『今夜、世界からこの恋が消えても』をはじめ、切ない青春ラブストーリーに定評のある一条岬。『さよならの仕方を教えて』は、筆者の持ち味である繊細な心理描写と、練り込まれた構成がもたらす驚きが魅力の、愛と再生の物語である。

 両親との間に溝を作り、学校も休みがちな高校二年生の樋口悠。4日ぶりに登校した樋口は、見知らぬ少女に話しかけられた。転校生だという有馬帆花は、「樋口くんと友達になるために、ここにいるんだから」と口にするが、不思議なことに他のクラスメイトからはまるで存在しない者のように扱われている。小学校時代にいじめられていた樋口は、イマジナリーフレンドという空想上の友人を作り出し、彼女に話しかけていた過去がある。有馬もまた、自分が生み出したイマジナリーフレンドなのだろうか?

 有馬の出現によって樋口の日常は変わり始め、二人は徐々に打ち解けていった。だが有馬が学校に登校しなかった日、樋口の幼馴染の水瀬凛が入れ替わるように教室に現れる。深夜徘徊や飲酒、警察騒動など問題行動を起こした水瀬は、悠に不器用な恋心を抱いていた。樋口も水瀬を気にかけているが、二人の気持ちはすれ違い――。

 ストーリーは有馬の視点と水瀬の視点を交互に登場させながら進む。誰しも一度は、目の前にある苦しさから逃げ、「都合のよい世界にいきたい」という願望を抱いたことがあるだろう。本作は、それでもなお痛みを抱えつつ現実と向き合う登場人物の姿を通じて、とある喪失から回復へと至る道のりを描き出す。読む者にもきっと、前に進む勇気を与えてくれるはずだ。

村山早紀『コンビニたそがれ堂 夜想曲』(ポプラ文庫ピュアフル)

 累計50万部を突破した人気シリーズの最新刊。大事な探しものがある人だけが見つけられる、世にも不思議なコンビニたそがれ堂。本作でもさまざまな想いを抱えた人たちが、幻のお店に辿り着く。冒頭の一篇「ノクターン」の主人公は、子どもの頃に家族を捨て、世界的なピアニストとして成功をおさめた男性。久しぶりに故郷に戻った彼と家族の絆を描く、切なくも温かい表題作だ。

  続く「夢見るマンボウ」の主役は、「マンボウえりこ」名義で四コマ漫画を執筆する女性。彼女の肉体は大変な状況に置かれているが、他人への思いやりにあふれたえりこはどこまでも明るく、太陽のようなその姿はこの世ならざる者の心も動かすのであった。「空に浮かぶは鯨と帆船」は、SF小説としても楽しめる一編。故郷から離れて地球に降り立った異星人たちの視点を通じて、戦争の虚しさや壮大な人類の進化史が語られる。最後を飾る「天使の絵本」は、シリーズを通しても出色の出来を誇る名エピソード。

  戦争で家族も家も失った少年・三太郎は、浮浪児として孤独に生きていた。クリスマスの夜、彼は盗人として屋敷に忍び込み、目の見えない少女と出会う。サンタクロースだと勘違いされた三太郎は、彼女に存在しない幻の絵本を読み聞かせた。たった一夜の忘れがたい時間が生んだ、時を超えた奇跡が胸を打つ。全編に漂うノスタルジックな雰囲気と、読む者の背中を押し、生きるための希望をくれる爽快な読後感が魅力のシリーズだ。

かみはら『元転生令嬢と数奇な運命を2 精霊の帰還』(早川書房)

 「小説家になろう」発の人気シリーズ『転生令嬢と数奇な運命を』。異世界に転生したカレンが過酷な運命に抗いながら生きる物語は、国内外の政治的陰謀や人間関係が複雑に絡みながら、衝撃につぐ衝撃の展開をみせた。カレンは皇位を簒奪してオルレンドル帝国皇帝となったライナルトと婚約し、無事大団円を迎える。だが容赦がなさすぎる展開に定評のあるシリーズは、ここでは終わらない。物語は続編『元転生令嬢と数奇な人生を』として新たなスタートを切り、カレンにさらなる試練を与えるのであった。

 7月に発売された新刊『元転生令嬢と数奇な運命を2 精霊の帰還』は、続編第2巻にあたる。転生令嬢のいない平行世界から無事帰還を果たしたカレンは、皇帝ライナルトとの幸せな新婚生活を満喫していた。ところが今度はライナルトの身に異変が起こり、彼が目覚めなくなってしまう。カレンはライナルトに代わり、皇帝代理という重い任務を背負うことになった。オルレンドル国の未来だけに留まらず、精霊たちの人間界への帰還という世界の変革とも向き合わなければいけないカレンの運命やいかに。皇妃となっても彼女の人生は波乱万丈、その一方で甘やかさを増したライナルトとの関係性も楽しめる一冊になっている。

 本巻の発売とあわせて、コミカライズの連載が今冬から始まることも発表された。早川書房が立ち上げた新サイト「HAYAcomic」の今後の展開を含めて、これから注目していきたい。

木爾チレン『みんな蛍を殺したかった』(二見文庫)

 二見文庫に新設された〈文芸シリーズ〉の創刊ラインナップの一冊である『みんな蛍を殺したかった』。2021年の刊行時に大きな話題を呼んだ小説の、待望の文庫化だ。

 本作は衝撃的なバラバラ遺体の場面から始まる。誰からも羨まれていた美しい少女・七瀬蛍。彼女は一体なぜ、線路に身を投じたのだろうか――。時は2006年、京都。ネット上で二次創作の小説を発表している猫井栞、漫画を描くのが好きな五十嵐雪、オンラインゲームに夢中な大川桜の三人は、スクールカーストの底辺に位置するオタク女子高生だった。三人は名ばかりの生物部に集い、思い思いのオタク趣味を楽しんでいる。だがある日、蛍という美しい転校生が現れ、生物部に入部した。自分もオタクだと告白する蛍は三人と距離を縮め、友情を築いていく。彼女たちは当初は喜ぶも、やがて蛍が自分の大切なものを奪おうとしていることに気づき……。

 物語が進むにつれて、それぞれの少女が抱えている事情や秘密が明らかにされていく。最後まで読み進めた読者は、蛍の残した「永遠の親友へ 私を殺してくれてありがとう」というメッセージの真の意味を知るだろう。思春期の鬱屈や黒歴史を濃密に綴ったイヤミスだ。

 『みんな蛍を~』は「黒歴史シリーズ」の第1作にあたり、続く『私はどんどん氷になった』まで発表されている。文庫化された本作を読みながら、次なる物語を心待ちにしたい。

赤川次郎『吸血鬼に猫パンチ!』(集英社オレンジ文庫)

 トランシルヴァニア出身の正統な吸血鬼フォン・クロロックと、日本人女性との間に生まれた大学生の娘・神代エリカ。正義感あふれる吸血鬼の父娘が特殊能力を生かし、周囲で起こるさまざまな怪奇事件を解決する『吸血鬼はお年ごろ』は、1981年に第1巻が発売された大人気ロングセラーである。

 最新刊の『吸血鬼に猫パンチ!』でも、女子校閉校の裏に隠された陰謀(「夕陽に立つ吸血鬼」)や、フランス革命の時代から現代にタイムスリップした人が巻き起こす騒動(「吸血鬼と逃げた悪魔」)、新作映画のプレミアで主演女優の身に起こる危機(「吸血鬼に猫パンチ!」)など、バラエティに富んだ怪奇事件が登場する。表題作はタイトルの通り、猫がキーアイテムとなるエピソード。新作映画「吸血鬼vs狼男」に招待されたクロロックとエリカは、打ち上げのパーティーで倒れた主演女優を助ける。彼女の首筋には、謎の噛み跡が残されていた。以後も不可解な怪事件が続くなか、映画に出演した黒猫の「ブラック」が不審な動きを見せており――。

 長い歴史を有するシリーズだが、どの巻からでも楽しめる間口の広さが魅力である。吸血鬼というパブリックイメージをよい意味で裏切るクロロックは、後妻の日本人年下妻の尻に敷かれる恐妻家で、雇われ社長を務めるなど社会にも溶け込んでいる。クロロック一家がみせるコミカルなやり取りを楽しんでほしい。

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