【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 『わたしの幸せな結婚』顎木あくみの新シリーズも

【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介。人気お仕事小説の最新刊や『わたしの幸せな結婚』著者の新シリーズなど、5タイトルをセレクト。(編集部)

石田リンネ『十三歳の誕生日、皇后になりました。 10』(ビーズログ文庫)

 白楼国を舞台に、平民出身の女官・茉莉花の立身出世を描く『茉莉花官吏伝』。そのスピンオフとして始まった中華ロマンスが、ついに完結を迎えた。

 飢饉と内乱が続き、破滅に向かいつつある赤奏国を救おうと、暁月は皇帝を殺めて帝位を簒奪する。皇帝即位の儀式を行うため、暁月はその場にたまたま居合わせた十三歳の莉杏を皇后に選んだ。なりゆきで始まった夫婦関係だが、莉杏は思慮深くて聡明で、国を立て直そうと政に奮闘する暁月を支える立派な皇后となるべくひたむきに努力する。二人はさまざまな苦難を共に乗り越えながら、夫婦の絆を深めていくのだった。

 莉杏があまりに幼いため、本当の意味での夫婦にはなっておらず、一緒に寝ても湯たんぽ扱いされるだけ。暁月のことが大好きな莉杏と、彼女を子ども扱いしながら成長をゆっくりと見守る暁月の夫婦関係を描く、微笑ましい恋物語だ。

 最終巻では大人になった莉杏と、美しく成長した彼女の姿を前に、どう態度を変えればよいのか戸惑う暁月の姿が描かれる。二人がこれまでの関係を抜け出し、一歩先に踏み出そうとする姿はなんとも可愛らしく、終盤には暁月の特大のデレも登場する。ロマンス要素のみならず、内外の政治問題や、女性と仕事をめぐる問いも織り込まれる。甘やかながらも骨太なロマンスだ。

青木祐子『これは経費で落ちません! 12~経理部の森若さん~』(集英社オレンジ文庫)

 テレビドラマ化もされた人気お仕事小説の最新刊。森若沙名子は石鹸会社「天天コーポレーション」の経理部員。きちんと仕事をして給料をもらい、それを自分自身のために使う過不足ない今の完璧な生活に満足している。物語は領収証から浮かび上がる天天コーポレーション社内の人間模様と、営業部の若手エース・山田太陽にアプローチされて困惑する沙名子のロマンスを軸に進む。

 12巻では経理部主任になった沙名子と、大阪営業所にいる婚約者太陽の結婚準備が描かれる。結婚まで残り三ヶ月となり、二人はさまざまな手続きに追われていた。名字はジャンケンで「森若」に決まったものの、社内結婚かつ単身赴任の状況で世帯主と本籍地をどうするのかという問題や、新居探し、子どもについてなど、これまで先延ばしにしてきた悩ましいタスクが山積みだった。おまけに仕事も忙しく、社内にはIT化と業務効率化の波が押し寄せて――。

シリーズの大きな魅力であるリアリティあふれるお仕事描写と生活描写は、本巻でも健在だ。結婚にまつわる煩雑な問題を共有する中で、沙名子と太陽の認識の違いも浮かび上がる。結婚後の仕事のキャリアや、出産と育児……。女性にとってリアルで切実な問題を、巧みにエンタメに落とし込んだ一冊だ。

顎木あくみ『宵を待つ月の物語 一』(富士見L文庫)

 シリーズ累計発行部数900万部を突破した、大人気作『わたしの幸せな結婚』。その著者が新たに送り出すのは、神と人の運命の恋を描く現代和風ファンタジーだ。

 高校生の坂木夜花が住む町では、社城家という術師の名家が絶大な権力を握っている。夜花は社城の遠縁だが、怪異を視る才能のない出来損ないだった。ある日、夜花は社城家の宴会の手伝いに駆り出されて奮闘する中、クラスメイトの晴とともに池に落下する。そこに美貌の社城家次期当主候補・瑞李が現れ、晴だけを救い出して伴侶に見初めた。

 一人池に取り残されて呆然とする夜花の前に、大人びた不思議な中学生・社城千歳が現れる。当主候補にも入れず周囲から見下されている千歳は、夜花の特異性に気づいて彼女を匿った。共に異界の水を呑んだ稀有なまれびとでありながら、晴のような厚遇を受けない夜花は、術師見習いとして千歳と行動を共にするようになる。その後、夜花の中に眠るまれびとの力が次第に目覚めだし、当主の座をめぐる争いに巻き込まれていくのであった。

 恵まれない境遇にいる夜花だが、不出来な己を嘆くだけではない。今の自分を変えようと意思的に行動し、自らの手で未来を切り拓いていく心の強さと優しさを併せ持った、魅力的な主人公だ。さまざまな事件を経る中で、謎めいた存在感を放つ千歳と夜花の絆も徐々に深まっていく。二人の間に芽生え始めたロマンスの行方にも要注目だ。

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