凪良ゆう「多様性のなかにはちゃんと“普通”も含まれる」 作家生活17年を振り返って
『流浪の月』『汝、星のごとく』で二度の本屋大賞を受賞した作家・凪良ゆうの対談集『ニューワールド』(中央公論新社)が、2024年2月21日に刊行された。橋本絵莉子、芦沢央、ヤマシタトモコ、町田そのこ、榎田ユウリ、山本文緒との対談のほか、担当編集者による座談会、浅野いにおがコミカライズした『滅びの前のシャングリラ』、さらに『滅びの前のシャングリラ』のスピンオフ小説「ニューワールド」が収録され、凪良ゆうを深く知ることができる一冊となっている。
リアルサウンド ブックでは、同書の内容を踏まえて、改めて凪良ゆうの作家性に迫るインタビューを実施。対談した作家との関係性やBL作品に対する意識、今後の展望まで語ってもらった。(編集部)
苦難の時期のほうが長かった
――対談集『ニューワールド』に収録されている記事を、ほとんど読んだことがあるはずなのに、一冊としてまとめて読むと、凪良さんの作家性みたいなものがすごく浮かび上がってくる気がして、新鮮な読み心地でした。凪良ゆう(以下、凪良):それは、ちょっと怖いですね。なにが浮かび上がっているんだろう(笑)。先輩方をはじめ、尊敬する作家のみなさんとお話しながら、勉強させていただくことばかりでしたけど、一方で、作家として17年、よく頑張りましたねという気持ちでいっぱいで。こういう本を出していただけるところまで辿りついた自分を、ちょっと褒めたい気持ちになりました。作家としてやっていけるのかどうか、何度も危機がありましたから。
――対談でも、お話されていますよね。デビュー作の版元で「うちからはもう出せません」と言われたお話などは、驚く方も多いのでは。
凪良:一般文芸の分野ではじめて書いた『神さまのビオトープ』も、最初は全然売れなくて。紀伊国屋書店梅田本店の書店員さんが「この作品を売りたい」という強い想いのもと、展開し続けてくださったおかげで今がありますが、苦難の時期のほうが長かったんです。
――凪良さんは「普通の枠から零れ落ちた人たちを描く」と表現されることが多いと思うのですが、本作を読んで「小説のお約束というものにもずっと抗ってきた方なのだ」ということも感じました。
凪良:そうですね……。対談のなかでも話していますが、たとえばわたしがデビューした当時、BL小説では性描写を必ず入れなくてはいけない、というお約束がありました。前半と中版と後半、少なくとも三回は入れてくださいとか。互いを想っている人同士の心の流れを書きたいのに、それを無視して性的なまじわりを優先するのは、物語としてどうなんだろうと思ってしまった。性描写を書くことがいやなのではなく、流れにそぐわないことはしたくないな、と思ったんです。性描写がなくても満足してもらえる物語をめざすのか、心がいまだ通っていない段階でもそういう行為に至る流れをつくるために、気持ちを先に分解するべきか。そのあたりは、BLを書き続けたことで、学ばせていただきました。
――気持ちを先に分解する、というのは?
凪良:性描写を入れても物語が破綻しないように、主人公たちの心情を先に整える、ということですね。本来ならば、登場人物の心に添って物語が生まれていくはずなのに、展開のために感情をつくりこんでいくのは、作家としてものすごく不本意でした。今では、絶対にやらないこと。でも、逆算するという書き方は、物語の構造を学ぶうえでは勉強になりましたし、心理描写を細やかに表現するテクニックは身についたと思います。
――その細やかな心理描写は、凪良さんの小説の魅力だと思うのですが、逆算する必要がなくなった今、書く上で意識していることはありますか。
凪良:意識……というか、描こうとしている人物に私自身を近づけるために環境を整えはします。好きなお香を焚いたり、その人をあらわすような音楽のプレイリストをつくったり。よぶんな自意識を外していくことが大事ですね。
――凪良さんのスタイルだと、執筆期間中はあんまり他のことができなくなるのでは。
凪良:デビューから数年は、本当に書く以外のことができませんでした。マンガを読むのも、映画を観るのも好きなのに、触れると引きずられてしまうからできない、という状況が続いて。そうなると、私は作家でい続ける限り、自分の小説以外はなにも触れられないことになりますよね。それはだめだと思って、少しずつ、努力で他の作品を読んだり観たりできるようになっていきました。
――それは努力でどうにかなるものなんですか。
凪良:なったんですよ。でも、年齢とともに集中力が落ちて、最近ではまた切り替えがうまくいかなくなってしまったんですよね。デビュー当時の状況に戻りつつあるので、どうしたものかと思っています。
物語のなかでくらいは、しんどさを共有したい
――対談を集めて一冊になるくらい、執筆以外のお仕事もこの数年、増えていますよね。凪良:そうですね。一般文芸で書きはじめて驚いたのは、執筆以外の仕事はとても多いということ。BLって、基本的に、書く以外の仕事がないんです。対面の打ち合わせも少ないから、『美しい彼』の担当編集者さんと直接お会いしたのは、やりとりを始めて三年目くらい。サイン会のときでした。地方に住んでいるから、というのもあるかもしれませんが……。だから、BLだけを書いていたときは、多くて、一年に八冊の新作を出していたんです。
――マンガよりペースがはやい!
凪良:そのころに比べると、今はもう、書いていないも同然ですね。『汝、星のごとく』も二年かかりましたから。そうなると、作家として生きているといえるのか、不安にもなってくる。もう少しペースをあげたいと思いながら、できない。
――並走してBLも書いていらっしゃいますし、「書いていない」印象はなかったです。
凪良:編集者さんが、なるべく途切れさせないように新装版を出してくださったり、今回のような対談集を出してくださったりするからですね。でも、書き下ろしは本当に少ない。だから五十歳になったとき、思ったんです。六十歳を一つの区切りとして、二年に一冊しか出せないとなると、私に残されたのはあと五冊。その五冊を、誰と組んで、どんな物語を描くか、考えなきゃいけないのだな、と。……ものすごく、焦りますね。
――そういう作家としての姿勢に、対談を通じてなにか影響を受けることはあったのでしょうか。
凪良:それはないですね。自分とは異なるベクトルで頑張っていらっしゃる方とお話をすることで「しんどいのは自分だけじゃないのだ」と励まされ、呉越同舟みたいな気持ちになることがほとんどです。熱量の高い方とお話をすると、それだけでがんばろうと力が湧いてくる。その人なりのしんどさを聞かせていただくと、不思議と自分のしんどさが軽減されていくんです。しんどさの共有によって救われるというのは、近年の小説の傾向である気もします。リアルタイムで言語化して吐き出すことができないから、物語がそういう役目を担ってしまうのかなって。
――たしかに。共感とはまた違う、「ひとりじゃない」と感じさせてくれる物語は、増えている気がします。
凪良:自由に気持ちを吐露できるはずにSNSさえ、弱音を吐いたり、マイナスな発言をしたりすると、いやがられてしまう。フォロワーが減る、という明確なかたちで、拒絶されてしまうわけですよね。だから物語のなかでくらいは、しんどさを共有したいのだと思います。
――お話するなかで、しんどさが共通しているな、と感じた方はいらっしゃいますか。
凪良:同じBLの書き手として、ヤマシタ(トモコ)さんとは、しみじみ「だよね」って通じ合えるものがあった気がします。逆に、やっぱりBLの書き手だけれど榎田(ユウリ)さんとは根本的にスタイルが違っていて「なるほど」と勉強させていただくことが多かった。