注目の起業家・森本萌乃 本の選書スタートアップを描いた初小説「経験を物語に昇華するのは気持ちがいい」

森本萌乃インタビュー

 本との出会いを通したマッチングサービス「Chapters bookstore(チャプターズ)」を運営する起業家・森本萌乃氏が、初の単著となる小説『あすは起業日!』(小学館)を刊行した。主人公の加藤スミレはコスメ業界で働いていたが、ある日突然、勤務先の会社から「クビ」宣告を受けてしまう。やむなく転職活動を始めた彼女だったが、以前から抱いていた「起業したい」という思いが頭によぎる。そして本が大好きだった彼女は、AIを使った選書サービスを提供するスタートアップ起業を決意した。しかし、資金調達やサービスローンチまでは険しい道のりで、いくつもの困難に直面してしまうーー。 

 発売から2週間で初速の売り上げは好調、書店ではビジネス書の起業コーナーと文芸の新刊、全く異なる2つの棚で本書に出会えるのが興味深い。自身の起業経験をベースに小説へと昇華した森本氏に、本作に込めた思いについて聞いた。 (篠原諄也)

ーー初めて小説を執筆した経緯を教えてください。 

森本:小学館の編集者から突然「小説を書いてみませんか」と依頼があったんです。その前に私のインタビューに同席されたことがあって、私の言葉には嘘がないと思ったからと言ってくれました。 

 私はもともと本が大好きでした。「作家は読者の成れの果て」という言葉がありますが、そういう意味では私も書きたいなという気持ちを持ち始めていました。そんなタイミングでお話をいただいたので「これに乗っかるしかない!」と思って(笑)。「やったことないけど、やってみたいです!」と返事をしました。ただ才能があるかわからないし、価値のないものは出したくなかった。だから、まず第1章を書くので、それで判断してほしいと伝えたんです。 

 そして原稿を出してみたら「面白かったです!」「直しはいっぱいあるし、大変な作業になると思うんですけど、いけます! いきましょう!」と言われて(笑)。嬉しかったですね。 

 小説にはやってはいけないルールがいくつかあるそうです。ちゃんと勉強しないで始めたので、編集者にフィードバックをもらいながら書き進めました。起業も同じですけど、やり始めたら学べるんですよ。いつか準備を整えてから書くのではなく、今このタイミングで不格好でいいから書いてみようと。そんな風に走りきった1年半でしたね。

ーー森本さんのような起業家の方は、初の単著は仕事論などのビジネス書となるケースが多いですよね。そこで小説なのが面白かったです。 

森本:私もエッセイかビジネス書だと思っていたんですよ。でも、オファーが小説だったんですね。結果的には小説でよかったと思っています。エッセイだったら、やっぱり自我やエゴが出てきて、かっこつけてしまったと思うから。例えば、主人公のスミレちゃんは起業の準備期間中、本当にお金がない。友達の結婚式のご祝儀代がないし、スタバのコーヒーが買えないし、忘年会に行けない。これは全部私が経験したリアルな話でした。もしエッセイにしていたら、挿絵で綺麗な写真を入れたり、文章で「これも良い経験だった」などとまとめてしまったりすると思います(笑)。 

 特にサービスローンチまでの期間は、世の中を憎みまくっていて殺気立っていた。最後の1ヶ月間はご飯も喉に通らないほど緊張していました。体調不良で倒れてしまったこともあります。小説だからこそ、主人公のスミレちゃんに当時の気持ちを乗せながら、当時のイケてない部分をリアルに書けたと思います。 

ーーちなみに事実と創作の割合はどれくらいの比率だとして受け取ればいいでしょう。 

森本:半々ぐらいと思ってもらえたら。驚くぐらい事実な部分と、驚くぐらい事実じゃない部分があって。そこは想像しながら楽しんでもらえたらと思っています。 

ーーどのように物語は生まれましたか。 

森本:小説を書いたことがなかったので、まず書きたいシーンから始めました。最初に絶対に書きたかったのが、姉とのエピソード。ここは実体験をベースにしているのですが、読んだ方の感想でも割と反響がある部分で嬉しいです。そういう風にブロックごとに書いていきましたが、途中で「あれ、最終的にどこに向かうんだろう」と思って。そこで(選書・AIの)サービスがローンチする日で終わろうと決めたんです。そして逆算して書いていきましたが、本当にパズルのようでしたね。 

ーー時系列の順番で書いていないんですね。他に描きたかったシーンはあるでしょうか。 

森本:スミレちゃんが初めてのVC(ヴェンチャー・キャピタルによる投資)の面談で、コテンパンにフィードバックを受けて、青山通りを泣きながら歩くシーンがあります。あれは自分自身、同じような状況で青山通りを歩いたことをすごく覚えていて。ちょうどその時、「ガイアの夜明け」(テレビ東京)の密着取材中だったんですよ。放送で自分の後ろ姿を見たときに、なんてギリギリの背中なんだろうと思って。そこは絶対描きたかったシーンでした。

ーーご自身の経験したご苦労はかなり反映されているんですね。 

森本:私が一番書きたかったのは、起業のリアルでした。例えば、スミレちゃんは資金調達が全然うまくいきません。そこで書いた一節が「スタートアップの資金調達に関するニュースが目につくようになった。調達額や時価総額、数億数十億をさらりと背負ってスマートに語る姿につい自分も勇気づけられてしまっていたけれど、人生の大切なことを忘れていた。勝者にしか、 スポットライトは当たらない」。私自身、スタートアップの華々しい資金調達のニュースを見るたびに、彼らに嫉妬してきました。でもそれがいかに短絡的な思考だったのかと思ったんです。 

 投資が決定して通帳に資金が記帳されるシーンも、自分の経験をベースにしています。「人からもらう応援や信頼を、具体的な金額で提示される資金調達の実態」とはこういうことなんだと。自分の視力が上がったのかと疑うくらい、空の色も変わって見えたんです。 「起業とは、もしかするとこうした景色を探すことなのかもしれない」と書きました。これはエッセイで書いても伝わらなくて、小説でここまでの道のりを一緒に来てもらえないと共感してもらえないんですよね。 

ーー森本さんにとっても、本作のスミレさんにとっても、本が大きな存在ですよね。本とは改めてどういうものでしょう。 

森本:最近、なぜ私が本が好きなのかを改めて言語化できたんですけど、本は感情を迎えに行っていると思うんです。本を読んで泣いたり、息が止まったりするじゃないですか。読み終えるのが嫌でゆっくり読み進める本もある。そんな夢中になっている瞬間に、未知の感情に触れ始めているんですよね。あれが大好きなんです。ただすべての本からそういう思いを抱くわけじゃない。私も自分の小説を書く時、一瞬でもいいからそんな新しい感情に触れる瞬間を読者の方に届けられたらいいなと願いました。

ーー森本さんが運営する「Chapters bookstore(チャプターズ)」では、本との出会いを通したマッチングサービスを提供しています。そのリアル店舗が東京・市ヶ谷に間も無くオープンすると。どういうお店になるでしょうか。 
 
森本:「チャイと選書」がコンセプトのお店です。お客さまには診断テストで読みたい本について簡単な質問を記入してもらって、私たちで選書します。チャイを飲みながら選んだ本を眺めてもらって、買うか買わないか決めてもらうという。もちろんチャイだけ飲みに来るお客様も大歓迎ですし、テイクアウトも可能なので地域の方と日々の交流なんかもしたいですね。 
チャイにしたのは、チャプターズなので「cha」から始めようと思って。駄洒落ですね(笑)。夜は同じく「cha」から始まるシャンパンを出そうと考えていますが、初めての出店作業でやることが山積みで、まだそこまでは全然辿り着いていません。 
 
 また最近リアルイベントが好調なので、改めてお客さま向けに定期的にここで出会えるようなイベントを開催したいと思っています。リアル店舗を始めるこのタイミングで、チャプターズを「恋する書店」にしていきたいというのが今年の指針です。


 
ーー今後、小説執筆に対するご関心はいかがでしょうか。本作はサービスのローンチ日で終わるので、続編が気になる人は多いと思います。 
 
森本:苦しい時間を乗り越えてやっと書けたのが「あすは起業日!」ですが、不思議ともう新しいものを書きたくなっていますね。経験を物語に昇華していくのは、自分の人生と向き合う時間として大変贅沢で気持ちがいいなと思いました。そう考えると、自分の原体験はいろいろある。大学時代にロンドンに1年間留学した経験も今の自分を支えている。家族から受けた愛情もあるし、これまでの恋愛、起業の次のフェーズもあるし...。自分の周りに出来事がたくさん転がっているなと思います。 
 
ーー森本さんはインタビューの最後に「今後の展望」について聞かれることが苦手だそうでした。 
 
森本:これまで「やばい!やばい!」と思って生きてきたら、思いもよらないところまで行けていたという人生でした。みんな行動をする前に答え合わせをしたがるんですよね。意味があるかな、いい経験になるかなと考えてしまう。でも私は答え合わせは後からでいいと思っていて。先に行動して走っている感覚がありました。 
 
 今回、小説を書いて、やっぱり5年前に起業してよかったなと思いました。これが、当時起業した自分との答え合わせです。5年でやっと回収できました。 私の親友がすごく好きだと言ってくれた一節が冒頭にあります。 
 
「ピンチはチャンスなんて、所詮結果論だ。グラデーションの始まりが、いつだって混じり気のない単色であるように。眩しい朝日が、夜の暗闇から生まれるように。『無職』を突然突きつけられた直後の人間が、先で待つチャンスを見通す余裕なんてあるはずもない」 
 
 私自身、本当にこう思って生きてきました。綺麗ごとだけれど、ピンチはチャンスになる、というかチャンスに「する」から、止まらず走って動くということです。ちょっとかっこつけちゃっていますかね(笑)。 


■店舗情報
「チャイと選書 Chapters bookstore」
住所:東京都新宿区市谷田町2-20 司ビル1階
営業日:月火水金9:30-17:00
https://maps.app.goo.gl/tyRADXo3no2yBMq3A?g_st=ic

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