立花もも 新刊レビュー はやくも今年ナンバーワン候補からライトな作品まで、今読みたい4作品

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版された新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を集めました。(編集部)

佐藤正午『冬に子供が生まれる』(小学館)

佐藤正午『冬に子供が生まれる』(小学館)

  すでに今年ナンバーワンの小説に出会えってしまったかもしれない。全370ページ、決して短くはない物語を読むのを止めることができず、一気に読み終えたあと「これぞ小説だ」と胸がふるえた。直木賞を受賞した『月の満ち欠け』から七年。これを傑作と言わずしてなにをそれと呼ぶだろうか。

  その年の七月、雨の夜、丸田君は一通のショートメッセージを受け取る。〈今年の冬、彼女はおまえの子供を産む〉。だが丸田君に恋人はいないし、冬に子供が生まれるような行為を誰かとした覚えもない。不思議なことはもう一つ、あった。そのメッセージを受け取る直前、丸田君はかつての同級生がテレビでとりあげられているのを見かける。その同級生は「マルユウ」と呼ばれていた。マルユウは、丸田君のことだ。丸田君が通った高校で、丸田君の記憶にある同級生たちが、丸田君ではないマルユウについて語っている。いったいどういうことなのか――。

  物語の始まりからして、読者である私たちも混乱する。やがてもう一人の丸田、マルセイと呼ばれていた男が登場し、丸田君とマルセイは一緒にUFOを見たことがあるのだということ、それ以来二人の人生は奇妙にねじれてしまったことが明かされていく。

  記憶とはそもそも曖昧なものだ。「事実」と「知っている」ことは違う。丸田君の記憶をたどりながら、彼自身も、そして私たちも、何が「本当」のことなのかわからなくなっていく。けれどそれでも、これだけは確かなのだと言い切れるものを見出せるかどうか。その見出したものを大切な人とわかちあえるかどうか。それが人生においては切実に必要なのだとこの小説を読んで思う。

星野智幸『だまされ屋さん』(中公文庫)


星野智幸『だまされ屋さん』(中公文庫)

  一人暮らしの七十歳・秋代の家に、ある日見知らぬ男が訪ねてくる。疎遠の娘と家族になりたいと思っている、というその男は妙になれなれしくて、ずうずうしくて、でも憎めない愛嬌があって、秋代は連日家にあげてしまい、食事をいっしょにとるどころか、ある晩は家にまで泊めてしまう。だがその男、娘の婚約者でもなんでもなかった。それなのに秋代は、さみしさを埋めてくれるその男が来るのを、心待ちにするようになってしまう。一方、当の娘である巴の家にも、同じ団地に住む赤の他人である女性が入りびたるようになっていて――。

  というあらすじだけを聞けば、新手の詐欺師小説なのかと思うだろうし、最初はそのつもりで読み進めていたのだが、全然ちがった。

  秋代と断絶している長男、次男、そして長女の巴。それぞれが家庭に抱えている問題は、もとをたどれば秋代と亡き夫、つまり彼らの両親と暮らした日々に原因がある。互いに傷つけ、傷つけられ、断絶するしかないところまで追い詰められた結果、助けてほしいと言える相手も失ってしまった。そんな彼らが不可思議な他者の手によって、ふたたび一堂に会する機会をもつ。そうして思いのたけをぶつけあうことで、家族といえども互いが絶対的な他者だということを思い知るのだ。

  人は、血が繋がっているから、結婚したから、家族になれるわけじゃない。自分の想いをちゃんと言葉にして、理不尽には抵抗しながら相手の言葉もちゃんと聞いて、一つずつこじれた糸をときほぐしていくことでしか、手をとりあえない。でもそれじゃあ、家族と赤の他人との違いってなんだろう? 対話できない家族と助けてくれる赤の他人、どっちがともに暮らすにふさわしいのだろう? 考えるとわからなくなってくる。家族なんてものはまやかしなのかもしれない。他人に対して必要以上に壁をつくることはないのかもしれない。そう思いながらも、家族っていいなとも思わされる。不思議な読み心地の小説だった。

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