書評ライター・立花ももが選ぶ「2022年小説BEST10」「自分で考え選択すること」をやめてはいけないと突きつける「私たちの物語」

立花もも2022年小説BEST10

 2022年も数多くの文芸作品が発表され、良質な作品が多く登場をし、本好きを喜ばせてくれた。その中で、リアルサウンドブックでもたくさんの著者へのインタビューや書評を行ってきたライターの立花ももに、2022年に発表された小説の中で特に印象に残った作品を聞いた。ヒットをした話題作から来年も話題となりそうな作品まで、ランキング形式で紹介。

立花ももが選んだ超私的な2022年小説BEST10

1位 『香君』上橋菜穂子
2位 『タラント』角田光代
3位 『ミシンと金魚』永井みみ
4位 『信仰』村田沙耶香
5位 『くるまの娘』宇佐見りん
6位 『介護者D』河崎秋子
7位 『たとえば、葡萄』大島真寿美
8位 『箱庭の巡礼者たち』恒川光太郎
9位 『川のほとりに立つ者は』寺地はるな
10位『金環日食』阿部暁子

 2022年の超個人的な小説BEST10。四半世紀近く上橋菜穂子作品を追い続けている身としては、7年ぶりに刊行された新作『香君』を挙げないわけにはいかない。

 本作は、オアレ稲と呼ばれる、どんな土地でも育ち、虫害すらつかない奇跡の植物をめぐる物語である。オアレ稲にもたらされる富によって帝国はさかえ、諸国を従え、人々は飢えを知らない生活を送っていた。だが、たった一つに過度に依存して成立する平和ほど危ういものはない。オアレ稲に異変が起きたことにいちはやく気づいた主人公の少女アイシャは、人々の暮らしを守るために奔走するのだが、安心・安全を信じ切った世間は、リスクをおかして今を変えることをよしとしない。手をこまねいているうちに、事態は最悪へと進んでいく。

 上橋作品は基本的にハイファンタジーと呼ばれる設定で紡がれるので、それだけで敬遠してしまっている人もいるかもしれない。けれど上橋作品を読むたび、いつも思う。「これは、私たちの物語だ」と。人は真理を求めているのではなく、ただ救われたい。だからわかりやすい答えを求めてしまうし、現実を直視するのがあまりにつらいと、考えることを放棄して強いものに縋ってしまう。願望で現実を都合よくねじまげていってしまう。それでも、どれほど絶望し、とほうもない時間がかかったとしても、私たちは誤りを一つずつ正し、最悪の事態を防いでいかなくてはならない。「自分で考えること」「選択し続けること」をやめてはならないのだと本作は読者に突きつけてくる。

 〈災厄が果てしなく繰り返されるこの世で、自分たちはその度に、悲嘆の叫びをあげながら生きるしかないのだ〉という作中の言葉は、災厄の多い現代を生きる私たちにも刺さる。

 2位に『タラント』も、どんな絶望がふりそそいだとしても、あきらめずに人生のその先へと自分の足で踏みだしていく力をもらえる作品。


 タラントとは、使命のことだ。主人公のみのりには、誰かのためという使命を背負う自分に浮かれあがり、過ちを犯した過去があった。そんな自分を恥じて、40歳を目前に控えた今は、淡々と穏やかに日常を紡ぐことを第一としている。己の羞恥心や後悔を誰かのせいにして忘れようとしたり、自分が絶望していたときに助けてくれなかった友人に、何年も経ってから意趣返しのような言葉を返したり、主人公であるはずなのに、みのりはとても弱くて、ちっぽけだ。でもそんな彼女が、祖父の秘められた過去に触れて、再び熱を取り戻していく過程に、心を揺さぶられる。わかりやすい、やりがいや使命なんてなくても。世界を変えるほどの力をもたなくても。自己満足にすぎなかったとしても。私たちは、小さな一歩を重ねることで、希望を紡ぐことができるのだと。

  3位『ミシンと金魚』は、施設で暮らす認知症の老女による一人語りで進む 。すべての施

設職員をみっちゃんと呼ぶのはなぜか。同じ施設に入居している、兄の恋人だったらしい〝広瀬のばーさん〟との因縁。理路整然としているようでぼやけており、現在と過去をいったりきたいるする彼女の思考からは、なかなか状況をとらえることができないのだが、しだいに真実が浮かび上がってくるまでの過程には、どこかミステリーを読んでいるような心地もある。大切なことを忘れ、現実がわからなくなっていたとしても、人の心も体も最期の瞬間まで生きている。そんな当たり前のことを思い出させてくれる、圧巻の作品。

 4位『信仰』の表題作は、同窓会で再会した男性にカルト宗教をつくろうと誘われる女性の物語。好きな言葉は「原価いくら?」の主人公・永岡ミキは、みんなのためを思って虚構を指摘し続けた結果、友人からも妹からも敬遠されるようになってしまった。「お姉ちゃんの『現実』って、ほとんどカルトだよね」と妹に言われたのをきっかけに今は「原価いくら?」を封印しているが、何百万もする高級食器を買うのは見る目があることで、マルチにハマるのは馬鹿にされてもいいことだという感覚が理解できない。カルト宗教の話を聞いてみることにしたのは、みんなと同じ現実を〝信じ〟てみたいからだった。

 どんなに奇妙なことでも〝みんな〟が是とすれば常識となり、そこから外れたものが笑われる。正常と異常の境界線はいつだって曖昧で、多様性という一見正しそうに見える言葉ですら、あやうさを孕んでいるのだと、表題作をはじめとする短編やエッセイで村田さんは描き出す。

 5位『くるまの娘』もまた、家族を通じて、正解などどこにもないのだということを描いた作品。毒となる家族は捨ててもいい、逃げてもいいのだという言葉は、ある人にとっては救いになる。けれど、どんなに苦しくても憎んでいたとしても捨てたくないし逃げたくないと思う人もいる。前者は主人公の兄であり、後者は主人公自身だった。逃げ出した兄は、正しい。だけど〈みんな傷ついて、どうしようもないのだ。助けるなら全員を救ってくれ、丸ごと、救ってくれ。誰かを加害者に決めつけるなら、誰かがその役割を押し付けられるのなら、そんなものは助けでもなんでもない。〉と思う主人公の選択も、否定できない。歯を食いしばりながら生きる主人公の慟哭が、胸に迫る。

 6位『介護者D』は、塾経営をする両親からDランクの烙印をおされた劣等感を抱えたまま大人になった30歳の琴美が主人公。脳梗塞で倒れた父と暮らすため、仕事をやめて実家の札幌に戻った彼女が、介護の日々やコロナ禍の鬱屈を、10代のアイドルを推すことによって生き延びていく物語。7位『たとえば、葡萄』もやはり30歳を目前にして会社をみずから辞めた主人公が、母親の友人の家に居候させてもらううち、自分の人生をとりもどしていく物語。発達障害や学習障害の人々を描いた9位『川のほとりに立つ者は』や、ひったくり犯の行方を追う女子大生と男子高生のバディを通じて、巨大詐欺グループの裏側を描く10位『金環日食』もそうだが、〝正しさ〟にハマることができずにもがく人々が、自分なりの一歩を踏みだしていく物語に、今年は惹かれることが多かったのかもしれない。

 そのなかでやや変わり種なのが7位『箱庭の巡礼者たち』。洪水で流されてきた箱をあけると、そこにはミニチュアの人々や動物たちが生きる、異世界があった――というファンタジー的な始まりを見せる。その箱庭世界に殺人鬼が潜んでいることに気づいた少女は、その中に入りこむことを決めるのだが。箱庭の内と外を行ったり来たりするだけでなく、時に時空を超えてさまざまに不思議な世界が描かれていく本作。一度読んだだけでは理解しきれない複雑な構造だが、そこがまたおもしろい。いい小説というのは、今だけでなく、この先何年もかけて読み返していきたいものなのだ。

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