立花もも 新刊レビュー はやくも今年ナンバーワン候補からライトな作品まで、今読みたい4作品

安藤祐介『仕事のためには生きてない』(角川書店)

安藤祐介『仕事のためには生きてない』角川書店

  紹介した二冊はだいぶ深い哲学に満ちているので、もう少しライトなものをお望みならこちらをおすすめしたい。異物混入騒動で世間をさわがせる食品会社の社長が「『スマイルコンプライアンス』の精神で、信頼回復に努めてまいります」と発言し、スマイルコンプライアンスってなんだよ、ふざけてんのかと炎上するところから物語は始まる。

  社長の精神を体現する新設部署、スマイルコンプライアンス準備室がたちあがることとなり、その統括リーダーに任命されてしまった主人公の勇吉・35歳。左遷ではない。むしろ肝煎り事業。出世である。だが、徒労しかない仕事だ。

  社長に忖度する役員たちが、好き勝手にああだこうだいい、建前をなにより重視するものだから、会議はむだに長引き、ポーズのためにダメ出しを受け、三歩進んで二歩下がるならまだマシで、とほうもない時間と労力をかけてふりだしに戻らされたりする。でもたぶん、こういうこと、社会にはよくあるんだろうなあと思う。成功者はみんな社会の役に立てだのやりがいをもてだの言うけれど、〈『死んだ魚のような目をしたおじさん』たちだって、何かと戦ってるかもしれない〉というセリフがとても好きなのだが、「仕事のために生きてねえよ!」という人たちが、死んだ魚のような目をしながらも奮闘を続ける姿にグッとくる。

  それにしてもスマイルコンプライアンスとは何なのか。いつまでたっても誰も定義しないこのパワーワードが、ラストにあんなふうに胸を熱くさせてくれるとは思わなかった。この小説を読めば、仕事をするのも悪くない、とほんの少しだけ思えるかも。

無門亭無舌『落語魅捨理全集 坊主の企み』(星海社)

無門亭無舌『落語魅捨理全集 坊主の企み』(星海社)

  いや誰やねん、と思ってしまった。著者のことである。帯には〈落語ミステリ界にすべてが謎の作家、無門亭無舌が登場!〉と書いてあるが、そもそも落語ミステリ界というものがあると初めて知った。気になって、手にとらずにはいられなかった。安心してください、めちゃくちゃおもしろいです。

  辻斬り、すなわち江戸時代のシリアル・サイコ・キラーが現れて人の首をはねたのに、なぜか現場には一滴の血のあともなかった。誰もが知っている落語『饅頭怖い』の四十年後の後日談。かつてとんちで饅頭をせしめた男は、出来の悪い息子たちをなじり、家督を譲らぬことを宣言。その直後、饅頭を食べて本当に死んでしまった。いったい、なぜ。

  ふだんなじみのない人も楽しめる文体のライトさ。反して、多重構造でミステリのネタを仕込む超絶技巧。謎の作家とはいえ、これ、素人じゃないよね? いったい誰なの……? と調べたらすぐに正体にいきあたったのだが、言及するのは野暮というもの。続刊が出るころまでにはもう少し落語にも詳しくなっておきたい。

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