「味の素」がペルーやナイジェリアでも人気になった背景とは ノンフィクション作家・黒木亮インタビュー

味の素を広めた「グリーンベレー」とは?
黒木亮『地球行商人 味の素グリーンベレー』(中央公論新社)

 誰もが知るうま味調味料の「味の素」。海外でも広く使われている日本発の製品の一つだが、その普及の過程には、味の素株式会社(以下、味の素)の現地法人による独特の販売戦略があった。チームはグリーンベレーと呼ばれ、米国陸軍特殊部隊と同じ異名をとる。グリーンベレーの活躍によって、味の素は世界中で愛される商品になった。

 味の素の現地法人は、文化も、味覚も、宗教も異なる海外の市場をいかにして攻略してきたのだろうか。それを群像劇によって克明に描き出したノンフィクションが、黒木亮による『地球行商人 味の素グリーンベレー』(中央公論新社)である。世界各国での活動に焦点を当てた異色の企業小説は、どのように執筆されたのか。単独インタビューで明らかにした。(山内貴範)

ユニークな販売戦略をとる味の素

黒木亮氏

――味の素を舞台に企業小説を書こうと思ったきっかけはなんでしょうか。

黒木:私は証券会社の事務所長としてベトナムのハノイに駐在したことがありますが、その頃に、味の素が海外で面白いことをやっていると聞きました。それから20年近くたって、別件でエジプトに行ったときに、味の素の現地法人社長の宇治弘晃さんから詳しく話を聞かせてもらい、ああ、これは作品にしたら面白いなと確信しました。宇治さんはサービス精神が旺盛で、行商に連れて行ってもらえる機会もあり、その中で取材を重ねていきました。味の素の人たちは同じように金融機関でずっと現場の仕事をやっていた私に親近感を持っていろんな話を聞かせてくれたので、取材も順調に進みましたね。

――今回の作品の魅力は、群像劇として描いている点にあると思います。

黒木:そうですね。1人だけに焦点を当てると物語として弱いので、世界各国の現地法人の社員を何人か紹介してもらい、群像劇として、味の素のグリーンベレーの姿を描きました。実際、1人でできる仕事なんて作家ぐらいのもので(笑)、企業のビジネスには多くの関係者がいますからね。また、国によって文化が異なるので、営業や研究開発の手法も違いますし、日本では想定できないようないろんなことが起きるのです。僕も取材中、目から鱗が落ちる経験をたくさんさせてもらいました。

――特に興味深かったエピソードを挙げるとすれば、なんでしょうか。

黒木:ナイジェリアにある味の素の現地法人、ウエスト・アフリカン・シーズニング社の技術担当取締役の小林健一さんは手品を使って現地の人に溶け込もうとするなど、現地密着型で仕事をしようと努力してきました。ところが、いまだに呪術や魔術信仰の強いナイジェリアで、手品を披露したら本当の魔術だと思われて、「小額紙幣を高額紙幣に変えてくれ!」と迫られたとか、エピソードひとつとっても興味深いものがあるのです。こういうエピソードを丁寧に拾いあげて、物語を紡いでいきました。

――それにしても、現地法人の社員のモチベーションは相当なものだと思います。解決不可能と思われる難題に、みんなで頑張ってぶつかっていく。この団結力はどこから生まれているのでしょう。

黒木:海外に赴任したら、味の素に限らず、その国では会社の代表みたいなものですから。私自身も、国際ビジネスの現場にいたときは文化と文化の衝突はたくさん見てきました。味の素の社員たちが、必死に解決策を見つけようと汗を流す姿が印象的でしたね。

現地の人の味覚を研究していく

――文化という意味では、味の素の販路を拡大するうえで重要な“味覚”を例に挙げても、国によって異なりますよね。

黒木:研究者である小林さんによると、現地法人に赴任した人は、自分の舌を現地の人と同じ味覚に変えないといけないそうです。よく、海外には寿司や天ぷらなどの“なんちゃって日本食”がありますよね。あれらは我々から見て違う点が多いのですが、現地の人はおいしいと感じているわけです。現地の味覚を知ることで、自社製品の課題もそうだし、売り方もわかっていく。これはあらゆる企業で有効な手段だと思います。

――味の素を使うと、日本人には美味しくなったと思えても、現地の人には必ずしも好まれない例が紹介されています。

黒木:インド人が日本でインドカレーを食べると、甘すぎると感じるのと同じでしょう。こうした味覚の違いは大きくて、赴任から6ヶ月くらい経て、ようやく現地の味覚がわかってくるそうです。また、小林さんは今、ペルーでラーメン店に卸す生麵を作っているのですが、日本で受けるいわゆる縮れ麺は現地で受けないため、太麺が中心だそうです。本だって、読者が読みたいと思うものを書かないといけませんよね。求められるもののストライクゾーンに投げ込むことは、商売をやる上で世界共通の課題だと思います。

――現地の人たちが信仰する宗教によっても、求めるものが違ってきますよね。

黒木:イスラム教の信者が多い国は特に難しいそうです。それは、日本のように、食べ物に関する戒律がない国だと驚天動地でしょう。また、味の素は貧しい大衆からの支持も大きいので、現地の貧困問題と向き合いながら仕事をすることも多いといいます。

――味の素がそこまで現地の多様な文化に理解を進め、販売戦略を立てていることに改めて驚かされます。ファストフードなどの多国籍企業が、基本的に世界共通の味を提供しているのとは対照的です。

黒木:マクドナルドやコカ・コーラは、自分たちの作るものは世界共通で美味いと思ってもらえるのだ、と考えて売っているのでしょう(笑)。対して、味の素は調味料ですから、現地のどんな料理に合わせるのかがカギになります。何しろ、「何でもおいしくする味の素」の魅力を伝えなければいけないので、現地法人の社員は自分たちで食べ歩いて、ぴったりな料理を探していくそうです。

――黒木さんも、現地の社員と交流する中で、いろいろな食文化に触れる機会があったのではないでしょうか。

黒木:ナイジェリアでは、現地の人たちと食事に行きました。現地の食堂の客は、みんな味の素をかけて食べていましたね。また、北部のカノという町の道端で食べた醤油風カレー味の鶏がすごく美味しくて印象的でした。あと、エジプトの大衆食堂ではコシャリ(注:エジプトのピラフ)が美味しかったです。私がカイロに留学していた1980年代は、屋台で1杯50円くらいで売っていて、食べるとかなりの確率でアメーバ赤痢になるような代物でしたが、今はだいぶマシになりました。ガーナの巨大カタツムリの煮込みを食べる機会はありませんでしたが。

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