「味の素」がペルーやナイジェリアでも人気になった背景とは ノンフィクション作家・黒木亮インタビュー
味の素がもつ独特の企業風土
――味の素を発明した池田菊苗は、“うま味”という新しい味覚の概念を広めました。日本人には慣れ親しんでいる味覚ですが、海外ではどのように感じるのでしょうか。黒木:ペルーや東南アジアでは既に定着して久しいですね。味の素はレストランなどに大量に卸され、うま味調味料として使われています。私も現地で料理を食べると、あっ、これは味の素を使っているな、とわかるようになりました。現地法人を設立する際も決して闇雲にやっているわけではなく、普及しそうな下地がある国をリサーチしているそうです。例えば、魚の出汁を料理に使っている国は、味の素が受け入れられる素地があるそうです。
――日本の企業が海外で販路を開拓する際には、現地の商社や問屋と組んで行うケースが多いですよね。黒木さんの著書を読むと、味の素は直販にこだわったのが勝因だったのではないかと思います。
黒木:ベトナムは宇治弘晃さんがいた1990年代は管理部門の社員を入れても全部で150人くらいでやっていたのが、今は営業スタッフだけで1000人以上いるそうです。利益は小さいけれどたくさん売れれば儲かると考え、ちょっとずつ根付かせていって大きな商流にしていく。食品はそういう商売の仕方が有効なのかもしれません。
――しかし、国内でも商品を普及させるには一苦労なのに、文化も宗教も味覚も違う国々で、ここまで根気強く続けられた原動力はどこにあったのでしょう。
黒木:宗教のような信念で続けたのが大きいんじゃないかな。現地法人の取材をする中で、社員は誰もが好奇心旺盛で、仕事だけでなく、現地の暮らしも興味を持って楽しんでいると思いました。私も様々な業界を取材してきましたが、社員が楽しむ心の余裕を持って取り組んでいるビジネスは広がっていくし、商売もずっと残っている印象を受けます。それは作家にも同じことが言えるでしょう。取材して歩くのは、半分趣味の世界の延長線のようなものですから。
――味の素の企業風土も影響しているのでしょうか。
黒木:積極的に面白いことをやってみよう、と挑戦する企業風土は確かにあると感じます。今回の本にしても会社に頼まれて書いたわけではなく、社員がしゃべったことを勝手に本にしているわけです。それに対し、本社がクレームを言ってくるようなことがないっていうのは、凄いことですよね。小林さんも宇治さんもその他の人たちも、技術面の機密事項は別として、営業の手法については事細かに話してくれた。本当に驚きだと思います。
――営業のノウハウも機密事項にしている企業もたくさんあるわけで、あまりにオープンな企業風土に驚きです。
黒木:やれるならやってみろ、という自信を持っているのだと思います。グリーンベレーはいわば指導者のチームなので、実際に売るのは現地で採用された社員たちです。今もアンデスの山中でペルー人社員たちが味の素を売っているし、ナイジェリアの奥地でもナイジェリア人社員たちが1点1点売り歩いている。この仕組みを20~30年かけて構築してきたわけですから、一朝一夕で真似できるものではないという自信はあるのでしょう。
海外に出たい若者にもヒントになる
――味の素のように、日本の製品でまだまだ海外に受け入れられそうなものはたくさんありそうです。黒木:時間はかかるかもしれないけれど、日本の製品で海外にもっていけばいいだろうなというものはたくさんありますよね。例えば、この20年くらいで日本食は世界中に認知されるようになったし、私が住むロンドンにも寿司屋がものすごく多くなりました。海外の宅配便も、昔は一日中待っていないといけなかったのが、今では時間指定ができるようになったりと、日本的なサービスの概念を受け入れて進化しています。大衆が消費する製品やサービスのニーズは、世界共通だと思います。そのことに気づき、いかに現地に根付かせるかがポイントでしょうね。
――味の素の挑戦は、他の企業にとっても参考になりそうですね。
黒木:私はこの本を多くの人に手に取ってもらいたいし、若い人にも読んでほしいと思っています。世界はこんなに違うし、日本に閉塞感を感じるなら、海外で働くという選択肢もあるのだよと訴えたい。ただ、海外で働くなら、第一に仕事が面白いと思えなければ難しいとも思いますが。
――本文でコロナ禍以降のことも触れられています。食文化に関しても変化は見られましたか。
黒木:食に関しては、情勢はある程度変わったと思います。外食の機会が減り、巣籠もり需要で味の素はますます使われるようになり、株価も3倍近くまで上昇しています。海外に進出している食品メーカーは経営状態が良い会社が多い感じがします。
――長期にわたる取材で本を書き上げた黒木さんの、今後の活動も気になります。
黒木:僕は昔から深田祐介さんの『商人シリーズ』のような国際経済小説が好きで、政治経済の激動に巻き込まれた日本人ビジネスマンが、奮闘したり悲劇的な最期を遂げる物語を読んできました。『地球行商人 味の素グリーンベレー』は、まさに自分が長年読み親しんできたテーマで書けて、本当に良かったと思います。国際経済小説の需要は潜在的にあるはずなので、今後も現地の政治情勢の中で翻弄されつつも、奮闘していく日本人駐在員の生きざまを書きたいと思っています。
■書籍情報
『地球行商人 味の素グリーンベレー』
著者:黒木亮
価格:¥2,420
発売日:2023年10月10日
出版社:中央公論新社