事件小説の最注目作家・呉勝浩の新作『Q』は恋愛小説? あなたとわたしをイコールで結ぶ異様な情熱

呉勝浩『Q』レビュー

 本作が描いているのは、言って見れば、2人の人物が作るハヤシライスの異なる味わいだ。ロクが、婚約者である本庄健幹に作るハヤシライスは、「まるで健幹の舌だけを狙い撃ちしたかのように」完璧な味だった。それを食べた夜をきっかけに、彼は、彼女の壮大な夢に本格的に巻き込まれ、人生そのものを懸けることになる。いわばそれは、「退屈で、平穏な日常」から逸脱し、「惜しみなく現実を捧げ」ずにはいられなくなる、刺激的な味だ。一方、高校時代からの奇妙な縁で、ハチの祖父母の家に居候し、毎晩夕ご飯を作って待っている有吉が、ハチに作るハヤシライスの味は、まさしく「退屈で、平穏な日常」そのもののような味。その味は「驚くほどふつう」で、「これならカレーのほうが美味いとふたりで結論を出した」。その一見何気ないやりとりは、彼らの日常が、できることなら失いたくない、いかに心地よく幸せなものであるかを伝えていたりする。それでも、また違う宿命的な誰か・何かに出会ってしまったら、それが持つ「異様な情熱」に引っ張られてしまうのが「憐れなほど愚かしい」人間のサガであって、人生というものは、本当にままならない。だからこそ、平穏な日常を生きる私たち読者にとっては馴染み深いその味もまた、格別なのだと言うことを、全篇刺激的で蠱惑的な、ロクの作るハヤシライスのような本作は教えてくれたりするのである。

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