京都の街には探偵がよく似合う 書評家・三宅香帆の『謎解き京都のエフェメラル』レビュー

『謎解き京都のエフェメラル』レビュー

 また、文学好きはおそらくにやりとできるような、文学に関する知識が謎解きに使用されているところも魅力のひとつである。

 たとえば本書には、こんな歌が登場する。

玉響(たまゆら)に昨日の夕(ゆふへ)見しものを今日の朝(あした)に恋ふべきものか

(『万葉集』巻11・2391)

 奈良時代の古典文学作品『万葉集』に収録された和歌である。この歌について、ナラと壱弥は意味を教わり、それが謎ときに発展してゆく。つまり、古典文学の知識がミステリー小説の謎解きにかかわってくるのだ。あるいはワーズワースをはじめとするイギリス文学が登場したりすることもあり、文学好きにはたまらない仕掛けとなっているだろう。

『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル 夏惜しむ、よすがの花』ことのは文庫公式PV

 そもそも探偵小説を読む愉しみのひとつに、舞台となる街の魅力は、確実に存在するだろう。たとえばホームズが歩く、灰色のロンドンの街並み。フィリップ・マーロウが闊歩する、ハードボイルドなロサンゼルスの街並み。少年探偵団が走りまわった、東京の街並み。そして――やはり京都の街並みもまた、さまざまな探偵のキャラクターを引き立たせてきた。本書もまた、京都という街が内包する魅力を全開にして、私たちをわくわくさせてくれる小説となっている。

 しかし探偵小説にありがちな、ハラハラしすぎて疲れるという心配は無用である。本作の謎ときは、どこか優しく、あたたかい。まるで京都のゆったりとしたテンポをそのまま映し出したかのような、日常の謎をほどいてゆく物語になっている。ナラと壱弥の関係もまた、これからゆっくりと進んでいくことが伺える。本作ならば、現実に疲れた読者も、まるで京都に旅行しているかのような気分で癒されながら読むことができるのだ。そこが本書の最大の魅力である。

 私たちは、探偵と一緒に、街を歩く。京都の名所や通りの名前を覚えながら、どこか現実とは違う、優しい空間に連れて行ってもらう。ナラや壱弥と謎をときながら、きっと読者は自分の心をほぐす旅に出ることができるだろう。

■書籍情報
『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル』
著:泉坂光輝
イラスト:くろのくろ
レーベル:ことのは文庫
価格:770円(税込)

『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル 夏惜しむ、よすがの花』
著:泉坂光輝
イラスト:くろのくろ
レーベル:ことのは文庫
価格:803円(税込)

『神宮道西入ル 謎解き京都のエフェメラル』特設サイト:https://kotonohabunko.jp/special/ephemeral2/

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