「ハヤカワ新書」一ノ瀬翔太編集長インタビュー 「読む前とは世界が違って見えるレンズのような本が作れたら」

「ハヤカワ新書」編集長インタビュー

 早川書房が6月20日、「ハヤカワ新書」を創刊した。日本の著者による書下ろしを中心にしつつ、同社が得意とするSFやミステリの視点も活かしていくという。以前からノンフィクションの書籍を手がけてきた一ノ瀬翔太編集長に「未知への扉をひらく」をキャッチフレーズとする「ハヤカワ新書」の目指すところを聞いた。(円堂都司昭/6月15日取材・構成)

参考:世界初のNFT電子書籍で新たな“本の可能性”を拓く 早川書房の新レーベル「ハヤカワ新書」始動

既存の領域に、異質な何かをぶつける


――もともと編集者志望だったんですか。

一ノ瀬:ノンフィクションの編集志望で、ポピュラーサイエンスをやりたかったんです。私は文系人間ですが、そういう人間にもわかりやすく書かれた宇宙論や進化生物学などの書籍を学生時代によく読んでいました。早川書房は文庫でたくさんその種の本を出していたのでありがたかった。それで早川書房へ2015年に入社し、2年弱ほど校閲部にいた後、編集部へ異動しました。

 でも、実際そうなってみて作った本としては、ど真ん中のサイエンス書はさほどやっていないんですよね。オリヴァー・サックス、リチャード・ドーキンス、スティーヴン・ホーキングなどその方面をずっと手がけてきた担当編集者がすでにいましたし、私はサイエンスでももう少しビジネス方面や人文方面に広がりがあるタイプのものを自然と手がけるようになったように思います。

――早川書房といった時にすぐ思い浮かぶSFやミステリの方は、念頭になかったんですね。

一ノ瀬:そうですね。あまり読んでいなかった。校閲部にいた期間にSFなんかはいろいろと読むようになりました。時間的にも精神的にもゆとりがあったので。

――校閲部ではフィクションとノンフィクションは分かれているんですか。

一ノ瀬:どちらもやりますね。部内で興味を持ったものに挙手して担当する感じです。

――編集部にきてからは、どんな本を手がけたんですか。

一ノ瀬:一つは翻訳もののノンフィクションで、サイエンス、人文、ビジネスなど割と幅広く。2020年くらいからよくやるようになったのは、文庫での復刊。単行本で以前に出て、すごくいい内容なのに今は絶版状態で手に入らないものがたくさんあります。それらに新しいパッケージと現在に沿った文脈付けを施して文庫化するということをやってきました。『不道徳な経済学』『ホット・ゾーン』『ヒトの目、驚異の進化』『冤罪と人類』『反逆の神話』『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』などですね。

――私は、一ノ瀬さんの担当書籍ではマイケル・ウォルフ『炎と怒り トランプ政権の内幕』なども読みましたけど、特に印象に残っているのは、宮本道人監修・編著、難波優輝・大澤博隆編著『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』、江永泉・木澤佐登志・ひでシス・役所暁『闇の自己啓発』です。『SFプロトタイピング』の場合、SFの想像力をビジネスに活かそうとする発想に反発するSFファンがいました。また、読書会の内容をまとめた『闇の自己啓発』は「闇の」とあるくらいで普通の自己啓発書ではないですし、反出生主義や加速主義といった物議を醸しがちな議論にも触れられている。意識してチャレンジングな企画を担当してきたんですか。

一ノ瀬:確かに複数のジャンルが交わる境界のあたりを手がけている感じは、自分でもありますね。意識してというよりは、たまたま興味がそのあたりにあるのだと思いますが。自分自身が、もともとフィクションよりもサイエンスなどに関心が強く、そのあとでSFを読むようになったということもあるかもしれません。フィクションとノンフィクションで便宜上分かれていても、この世界がなぜ存在するのかという、ものすごく大きな意味での謎を解き明かそうとする点では共通しているというか。それで、自然とジャンルの境界や狭間に近寄っていくのかな。

――企画はどのように立てるんですか。

一ノ瀬:あ、でも、まぜっかえしたい欲みたいなものはやっぱりあるかもしれません。既存の領域に、異質な何かをぶつける。

――『闇の自己啓発』は、実際に大手書店の自己啓発コーナーで見かけましたし、本の打ち出し方として面白いと思いました。

一ノ瀬:note連載時には届いていなかったところに届いたかなと思います。もとになった連載をどういうラベルでどういう風に並べ、本文の前と後ろにどんな文章を入れるか、装幀をどうするか。1つの物理的な形を与える編集の役割を果たせたかなと思っている本ですね。

――一方、一ノ瀬さんは、ニール・スティーヴンソン『スノウ・クラッシュ』という、メタバース概念を初めて示したSF小説も担当していますね。どういうきっかけだったんですか。

一ノ瀬:あれは『SFプロトタイピング』からの流れですね。同書の著者の一人である宮本道人さんがダイヤモンド社から出した『SF思考』に、SFから影響を受けた著名人のリストが載っていて、そこでPayPalのピーター・ティールやグーグルのセルゲイ・ブリンなど、テック系の起業家たちがこぞって『スノウ・クラッシュ』を愛読書にあげていた。そのリストを私がツイッターでとりあげたら、読んでみたいというレスがたくさんついたんです。早川書房が昔、文庫で出していたんですが、10年以上絶版状態だから読めないという声が多く寄せられて。だから、もう1回出す価値はあると思いました。メタバースという言葉は、その時点ではまだ今ほど流行っていなかったんですが、企画自体は進めていたところにフェイスブックのザッカーバーグが「メタ」へ社名変更すると発表した。それで社名の由来となったメタバースがバズワード化した。流れがちょうど来たという感じでした。

――劉慈欣『三体』のヒット以降、政治家やビジネスマンもSFを読んでいるというような流れもありましたし。

一ノ瀬:そうですね。ただ、本作りとしてはビジネスに寄せるより、世界文学というか、ものすごい想像力がそこにあるという押し出しをしたかった。そのあたりは先輩の溝口力丸(「SFマガジン」編集長)にも意見を聞いたり、『ディファレンス・エンジン』(ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの共著)というSF小説がありますけど、装幀はあんな感じがいいなと思って当時の担当編集者にもコメントを仰いだりしました。ふだん小説を作らないので自分が勘所を押さえられているかどうかわからず、SF方面の編集者の意見をとり入れながら作りましたね。

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