『お隣の天使様』は甘いだけの青春ラブコメではない 完璧ヒロイン×駄目人間が築く、複雑な関係性

『お隣の天使様』甘いだけではない魅力

 ラブコメディならではの甘い香りに酩酊させられそうになっていると、ツンと鼻を刺す香りが混じって意識をハッとさせられる。佐伯さんによるライトノベル「お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件」シリーズはそんな、多彩な香りを漂わせる作品だ。ぶっきらぼうで人付き合いが苦手な高校生の男子と、才色兼備な女子との間で紡がれていく日常から、誰かを思う気持ちの大切さと、誰かに思われたい心の切なさが感じられて物語の世界や登場人物たちが愛おしく思えてくる。

 2023年1月からTVアニメ『お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件』の放送がスタートすると、ライトノベルのランキングにGA文庫から出ている原作小説が全巻そろって上位に顔を出す現象が起こった。

 もともと『このライトノベルがすごい!2023』で文庫部門の4位に入る人気ぶりを見せていた作品だが、岡田麿里監督によるアニメ映画『さよならの朝に約束の花をかざろう』でヒロインのマキアを演じた石見舞菜香が務めた"天使様"こと椎名真昼役の愛らしさに瞠目するアニメファンが続出。もっと深くヒロインに迫りたいと原作に手を伸ばしたようだ。

 高校に入ってひとり暮らしを始めた藤宮周が、住んでいるマンションのそばにある公園で降りしきる雨に打たれるのも構わず、ブランコに座っていた椎名真昼という少女を見かけて声をかけたところから、ふたりの物語の幕が開く。

 同じ高校に通い学年も同じ真昼のことは、文武両道で容姿端麗の才女として知っていた。真昼が同じマンションで隣の部屋に住んでいることにも気づいていた。だからと言って自分が真昼と親しい恋愛関係になれるとも、なりたいとも思っていなかった。だから黙って通り過ぎようとした周だったが、泣きそうになっている真昼の顔が気になって「……なにやってるんだ」と声をかけた。

 最初はスルーしようとした周が冷たい人間かというとそうではない。自分には不釣り合いだという感情。好意を向けても拒絶されたらという恐怖。それが真昼の声をかけることを周にためらわせた。この周の、迷ったり悩んだりする心理にリアリティがあって、同じように他人との交流が苦手な人には、彼が自分の分身のように思えてしまう。

 誰もが自分に自信たっぷりだったり、拒絶されてもそれが当たり前だと割り切れたりする人間ではない。人それぞれに過ごして来た人生の中で形作られた心境であり性格があるのだという現実を、キャラクターたちから改めて感じさせてくれるところがこの作品にはある。

 意を決して声をかけたら「お気になさらず」と言われた周には、やっぱりそういうものだと同情したくなった。ところが、傘だけ貸して濡れて帰って風邪をひいた周に気づいた真昼が、周の看病につき、食事を作り、そのまま居着くようにして夕食をいっしょに食べるようになり、周の部屋の掃除までするようになった。奥手が勇気を振り絞って声をかけただけの甲斐はあってホッとした。

 これでもう安心。後は甘さだけが漂う青春ラブコメが繰り広げられるのかというと、そうはならないところが、この作品が漂わせる香りの複雑さの原因だ。

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