『お隣の天使様』は甘いだけの青春ラブコメではない 完璧ヒロイン×駄目人間が築く、複雑な関係性

『お隣の天使様』甘いだけではない魅力

 高校では、周と真昼が隣同士なことも近い関係にあることも、周の悪友の赤澤樹とその彼女の白河千歳しか知らない。周の身に染みついた自己肯定感の低さが、"天使様"を自分の大切な人だと広言することをためらわせる。二年生になって周と真昼が同じクラスになってからも同様で、周囲が美少女だと騒ぎスタイルの良さを讃えたとしても、いっしょになって騒ぐようなことはせず逆に周囲を諫めに回る。

 真昼にはそうした欲情を向けてはいけないという自制心が、周を"賢者"にしていると言えそうだが、その根っこにある自分を卑下しがちな性格が、どのようにして育まれたのかが見えてくるにつれ、過去の痛い経験に身を縛られて動けない人間の複雑な心理が浮かんでくる。

 完璧超人に見える真昼にも、周に劣るどころかより辛辣な事情があって心を揺さぶられる。あの日、雨の公園でどうしてブランコに乗って泣きそうな顔をしていたのか。その理由を知って居たたまれない気持ちになる。それだけの事情を抱えた真昼が、どうして完璧超人で居続けられるのかが不思議に思えてしまう。

 あるいは、完璧になろうとすることでしか自分を保てなかったのかもしれない。それでも、崩れないままでいることは容易ではない。もしかしたらブランコで濡れていた真昼は壊れる寸前だったのかもしれず、だからこそ余計に周の気遣いが心に刺さったのかもしれない。

 ともに事情を抱えたふたりだからこそ、出会い頭にぶつかって恋に落ちるようなスピード感では進まない。膝枕ひとつとっても、真昼が誘って周が受けるまでの間に浮かんで流れる感情にも複雑なものがあって、奥手野郎の面倒くささが伺える。それでも、ふたりの関係を知っている人をだんだんと増やし、ようやくやっとお互いが認め合っていることを周囲に理解させていく段取りのひとつひとつが、周や真昼への思い入れを深くし、自分との重なりを感じさせて作品にのめり込ませる。

 「駄目人間にされしまう件」という作品に、いつの間にか駄目人間にされてしまう。そんな吸引力がこの作品にはある。

 ゆっくりと、けれども確実に積み上げられていった関係が、晴れて公認となってからも物語は続いていく。心に刻まれた傷は容易に癒やされるものではないし、大人も絡んだ事情を子供たちだけで解消できるものでもない。そのたびに浮かぶ不安や葛藤に迷いながらも、しっかりと歩み続ける周と真昼がどこに向かうのか。卒業なり進学といった避けられない事態をどのように受け止め乗り越えていくのか。やはり気になってしまう。

 ただ甘いだけの香りにはならないかもしれない。それでも、すべての人たちを祝福する豊潤なラストノートの香りがあふれ出て、読者の心を満たしてくれることを願って最後まで見守り続けたい。

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