タニグチリウイチの名作ラノベ解説
『Re:ゼロから始める異世界生活』絶望を乗り越えて人々を救うナツキ・スバルに抱く共感と尊敬
『異世界かるてっと』というタイトルのアニメ作品で取り上げられた4つの異世界転生作品で、最強の主人公は誰かと聞かれた時、挙げる名前は間違いなくナツキ・スバルになるだろう。長月達平の『Re:ゼロから始める異世界生活』に登場する彼が、異世界に飛ばされて得た能力がチート過ぎるからではない。辛すぎるその能力に膿むことなく自分自身を貫き通す心の強さが、ナツキ・スバルを誰よりも魅力的に見せて、『Re:ゼロ』という作品への熱い支持へと繋げているのだ。
引きこもりの高校生だったナツキ・スバルがコンビニ帰り異世界に飛ばされて、そこで危機に陥っていたところを「サテラ」と名乗った少女に助けられる。お礼もかねてナツキ・スバルは少女が奪われた徽章をいっしょに探すことにしたが、途中で何者かに襲われて死んでしまう。
ところが、ナツキ・スバルは生き返って目を覚まし、自分が異世界に召喚されて間もない時点に戻っていることを知る。ここから、ナツキ・スバルは何度か同じような死に直面し、その度に生き返っては時間を戻る繰り返しを経験し、自分には「死に戻り」の能力が備わっていることに気づく。
この能力を使えば、何度だって挑戦を繰り返して巨万の富を得ることもできただろう。けれどもナツキ・スバルは、本当はエミリアという名前だった少女を、命の危険が待ち受けていると分かっているのに放ってはおけないと、自ら進んで戦いの場へと足を踏み入れていく。さすがは主人公、ヒーローとしての道を踏み外さない。
死ぬことはないと分かっているのだから、死地にだって平気で飛び込めるんだとナツキ・スバルのヒロイズムを笑うことは簡単だ。もっとも、ナツキ・スバルが経験する死には常に激しい痛みと恐怖が伴う。経験を重ねれば恐怖くらいは乗り越えられるかもしれないけれど、痛みは確実に体と心に蓄積されていく。
ましてや、まだ数度の「死に戻り」しかしていなかった状況で、『腸(はらわた)狩り』の異名を取る殺し屋のエルザによって切り刻まれ、惨殺された痛みと恐怖が残っていたにも関わらず、エミリアを救うと決断したナツキ・スバルの決心をどうして笑えよう。
この一件に留まらず、エミリアと行動を共にするようになってからも起こる事件の度に「死に戻り」を繰り返すナツキ・スバルが、絶望しそうになる気持ちを奮い立たせて、ひとつひとつ壁を乗り越えていく姿を見れば、読者は誰だって応援してあげたくなる。死に戻っているとは分からない登場人物たちも、その前向きさに興味を引かれていく。
例えばベアトリス。ナツキ・スバルとエミリアが滞在することになったロズワール家に代々伝わる禁書庫を管理している少女姿の人工精霊は、ある約束に従って、自分にとって大切な人物を何百年も待ち続ける間に心が枯れてしまっていた。ロズワールの屋敷が襲撃を受けて炎上する中、自暴自棄になって共に朽ちていこうとしていたが、必死で手を差し伸べてきたナツキ・スバルに心動かされ、約束を破って禁書庫を出る決断をする。
あるいはエキドナ。「大罪の魔女」と呼ばれる魔女たちの中で「強欲」を象徴する存在で、エミリアと行動を共にしているパックやベアトリスといった精霊の生みの親でもあるが、すでに死んでいて魂だけが「墓所」と呼ばれる場所に封印されていた。「死に戻り」の力で自分が見えない未来を見せてくれるナツキ・スバルに関心を寄せ、魔獣撃退の方法を教えて困難を乗り越えさせる。
そしてレム。ロズワールに仕える双子のメイドの妹の方で、見た目は愛らしくて口調も丁寧ながら、時として鬼族の力をふるって巨大な棘付きの鉄球を振り回すパワフルさを備えている。そのレムも、初めはナツキ・スバルに魔女の残り香を感じ取って攻撃するが、他意がないと分かってからは、角を失って鬼の力を発揮できない姉のラムへの負い目を取り払い、自分を取り戻させてくれたナツキ・スバルを慕うようになる。