歴史小説の名手、今村翔吾は「平家物語」とどう向き合った? 奇策が炸裂する『茜唄』の凄さ

今村翔吾が描く「平家物語」

 また、戦のシーンにも注目したい。逆落としと呼ばれる源義経の奇襲戦法で知られる一ノ谷の戦いから、平家一門は負け続ける。もちろん史実を知っているから、平家一門がどうなるか分かっている。それなのに面ページを繰る手が止まらない。落ち目になってから、かえって結束した平家一門の死に、胸を掻きむしられるのである。

 さらに壇ノ浦の戦いで、またもや作者の奇想が炸裂。これまた詳しく書けないが、ビックリ仰天の展開だ。しかもここに、人はなぜ戦うのか、人の戦わない世をどうすれば実現できるのかという、知盛の問いに対する答えの一端がある。敗者の歴史を通じて、雄々しき理想を語った、熱き歴史小説なのだ。

 と、これだけでも凄い作品といえるのだが、作者は本書に、もう一つの大仕掛けを仕込んでくれた。ある人物と西仏の『平家物語』の伝授だ。この二人の正体が意外なのだが、特に留意すべきはある人物。誰だか分かると、『平家物語』を創った者と、その目的が見えてくる。そこにあるのは、権力を剔抉する物語の力だ。作者はフィクションの意味と意義も、本書で表明してのけたのである。

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