辻村深月『レジェンドアニメ!』、今村翔吾『イクサガミ 天』……立花もも推薦! おすすめ新刊小説4選

立花もも推薦の新刊小説4選

 昨今発売された新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。『ハケンアニメ!』の映画化に先駆けて読みたいスピンオフ作品集から、2021年にすばる文学賞を受賞したケアマネジャーのデビュー作まで、幅広いラインナップでお届け!(編集部)

辻村深月『レジェンドアニメ!』(マガジンハウス)

辻村深月『レジェンドアニメ!』(マガジンハウス)

 2014年に刊行された辻村深月の『ハケンアニメ!』は、アニメ業界を舞台に〝プロ意識〟のなんたるかを描いたお仕事小説。5月20日に公開される実写映画は、吉岡里帆、中村倫也、柄本佑、尾野真千子をはじめとするプロ意識のかたまりのような役者がそろえられており、原作ファンにとっても期待大の作品だが、今回紹介するのは、公開に寄せて刊行されたスピンオフ作品集『レジェンドアニメ!』。

 『ハケンアニメ!』のネタバレは絶妙に伏せ、未読の人にも(あるいは読んだことはあるが細かい内容は忘れてしまったという人にも)なんら問題なく楽しめる構成になっている。短編集である+『ハケンアニメ!』よりは薄いので、とっかかりの一冊としても最適だ。

 ページ数が少ないからといって、描かれる仕事への情熱やプロ意識までも薄まっている、なんてことはまったくない。プロデューサー、監督、作画者、広報など前作でも描かれた立場にくわえ、音響監督など新しい視点をもりこんだ今作は、むしろ前作以上に凝縮された熱がほとばしっている。〈好きを、つらぬけ。〉は映画のキャッチコピーだが、〝好き〟だけで仕事は成立しない。自分ひとりが頑張るだけでも、意味がない。甘えも言い訳も捨てて、どれほど真摯に仕事に向き合い、他者への敬意を忘れずにいられるかを描きだした本作は、アニメ業界に興味がなくとも、心揺さぶられること必至の作品である。

今村翔吾『イクサガミ 天』(講談社文庫)

今村翔吾『イクサガミ 天』(講談社文庫)

 貴志祐介による〈風太郎忍法帖+現代のデスゲーム〉という表現がこれ以上なく最適な同作は、『塞王の楯』で直木賞を受賞したあと、最初に刊行された書き下ろし、さらに文庫で手に取りやすいということもあって、発売直後から話題沸騰。

 ときは明治11年。武技に優れた者は京都天龍寺境内に参集せよ、十万円を与える機会を与えよう。と、あやしげな新聞に書かれたあやしげな文言。巡査の初任給が4円の時代、十万円は目がくらむような大金で、もらえるものならと集結した腕に覚えのある老若男女292人に命じられたのは、東海道を抜けて東京をめざす旅。ただし、関所を抜けるためには点数を稼がねばならず、東京に近づくほどに必要な点数は増えていく。それぞれ首にかけられた木札を「1点」とし奪い合う――殺せとは言わないが、言ったも同然のデスゲームが開幕したのである。

 となれば、弱い者から狙われるのが道理。真っ先に矛先を向けられた十二歳の少女・双葉を助けたのが主人公の嵯峨愁二郎。参加を放棄すれば運営側に殺されてしまうため、双葉を守りながら東京をめざすのだが、元サムライに忍者、アイヌの狩人など、クセも腕も強い敵が次々と現れる。さてはて、子連れ愁二郎の運命やいかに? というのが物語のあらすじ。

 〈ただ面白く、大衆小説の王道を行く〉と直筆のコメントを寄せた今村翔吾。その言葉にたがわず、時代小説を読み慣れていなくとも、ただその面白さだけでページをめくってしまう超ど級のエンターテインメントである。

上橋菜穂子『香君』(文藝春秋)

上橋菜穂子『香君(上)』(文藝春秋)

 今年、アニメーション映画の公開された『鹿の王』以来、8年ぶりの新作となる『香君』で上橋菜穂子がテーマとして選んだのは、植物である。

 主人公は、植物が香りで発する〝声〟を聴くことのできる少女アイシャ。といっても、異次元の超能力者などではなく、人並み外れた嗅覚と観察眼によって、ものごとを見極めることに優れた研究者の芽をもつ少女だ。祖父が玉座を追われ、辺境で身をひそめていた彼女は、あることをきっかけに〈香君〉――香りで万象を知ることのできる活神とされる女性と関わることになるのだが、その過程で、帝国の根幹を支えるオアレ稲に虫害が発生していることに気づいてしまう。

 はるか昔、神郷からもたらされたというオアレ稲は、暑さにも寒さにも強く、他の植物より栄養価も豊富で、しかもおいしいという奇跡の存在。ひとたび植えられた畑には、ほかの食物が育たないという弊害をもつが、それでもオアレ稲がある限り人々が飢えることはない……はずだった。虫害により、オアレ稲が収穫できなくなれば、オアレ稲によって権威を確立し周辺国を支配してきた帝国は窮地に立たされる。それどころか、ほかの食物を手に入れるすべのない民は、貧しくて弱い立場の者から死んでいくしかない。

 その危機を通じて描かれるのは、たった一つの強大な何かに依存して生きることのあやうさだ。本作においてそれはオアレ稲であり、信仰の対象である香君でもある。変わりなく続くと信じていたはずの明日が揺らいだとき、人を救うのは、過ちをおかしながらも自分の頭で考え、選択し続けることなのだと、切に訴えかけてくる本作は、さまざまに揺らぐ現実を生きる私たちに、他人事ではない重さで突き刺さる。〈災厄が果てしなく繰り返されるこの世で、自分たちはその度に、悲嘆の叫びをあげながら生きるしかないのだ〉という言葉も。

 今、いちばん読まれる価値のある小説であるように思う。

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