声優・夏川椎菜の多岐にわたる文芸活動 「言葉による表現」を貫く信念

声優・夏川椎菜の多岐にわたる文芸活動

作詞の方法論と表記へのこだわり


――小説執筆の経験を経て、1stアルバム『ログライン』における初めての作詞ではより強く夏川さんの内面が作品に反映されているように感じましたが、表現への向き合い方に変化はありましたか。

夏川:小説と作詞の執筆は本当に全然違っていて、小説は足していけば足していくほど深みが増しますが、作詞は制限がある分「引き算」が大事なんですよ。当時私は「足し算」しか知らなかったので、最初に作詞した時は「要素が多い」とダメ出しを食らって。全然考え方が違う中で、小説ではお芝居をする時の考え方を重視していたんですが、作詞の時はブログやエッセイでやってきた考え方で、自分が共感・賛同できること、自分が伝えたいことを意識して書きました。

――ちなみに、夏川さん自身のパーソナリティを歌詞に反映する際に、「ここまでは見せられるけど、ここからは見せない」という線引きはあるのでしょうか。

夏川:言葉が強すぎた時は違う言葉を選びますが、大元の感情や思考はあまり止めていないですね。多分、本当に嫌なことは言葉として出てこないんだと思います。自分の奥底を探せば、もう少しドス黒い感情はあると思うんですが、うまく言語化できないので、まだ今は表に出すべきでないと自分の中で本能的にセーブしているのかなと。だから、自分で意識的に止めたことはないです。自分が自然に出せる範囲の中での感情のコントラストはあまり変えずに書こうと意識しています。

――自分のパーソナリティの中の「光」と「闇」のバランスは考えて出力していますか。

夏川:あんまり考えたことないなあ。「光の夏川」も「闇の夏川」もあまり差がある気はしていなくて。「傍から見たら光ってるのかもしれないけど、実は泥団子が光ってるだけだぜ」みたいな。そこは受け取る方の解釈にお任せしているかもしれません。自分が出力したものをポジティブに受け取ってくれるか、ネガティブな方で受け取ってくれるかの違いだと思うので。

――創作する際、描きたい内容の映像を頭に浮かべながら執筆することが多いそうですが、小説と歌詞ではどのような違いがありますか。

夏川:小説が長編映画だとしたら、作詞はMVですね。物語が展開するスピード感が違います。MVだとトントン拍子にどんどん進んでいくし、長編映画だと何でもない時間が流れるシーンもあったりしますよね。

――作詞では難しいところから書き始めることが多いとのことですが、どこが「難しい」のかはどのように判断していますか。

夏川:例えば「クラクトリトルプライド」(5thシングル表題曲)のBメロの早口の部分は、「AがあってBがある」という繰り返しのパターンを何個か見つけないといけなくて、単純に考える物量が多くて大変そうだなと思ったので先にやりました。あと、最近はDメロから書き始めることも多いです。Dメロでタイトル回収をしたり、サビでは比喩などでぼかしていた部分を正直に、感情優先で書いたりします。メロディーも変わるし、Dメロは一回しかないから、感情優先で書いてもあまりくどくならないかなと。

――夏川さんの作詞では、漢字を「ひらく」(ひらがなにする)などの表記へのこだわりも強く感じます。

夏川:私本当にそこにめちゃめちゃこだわっていて。やっぱり音楽なので、音だけで受け取ることが多いじゃないですか。でも、歌詞が気になって仕方なくて、歌詞カードを読み込んじゃう人に何かプレゼントというか特別な報酬をあげたい気持ちがすごくあって。だから、同じ音だけど当てる漢字が違うとか、最後だけスペースを入れるとか、そういう遊びは毎回します。ある程度作詞ができた後の、歌詞カードに載せる用の表記に直す作業に一番、何なら作詞自体よりも時間をかけています。完成しているものにさらにスパイスを入れる作業です。

――あと、一人称の「ボク」にもこだわりがあるのかなと感じています。

夏川:そうですね。自分の一人称は、ブログなどでは「夏川」と言いますし、人と話す時は 「私」を使っているんですが、実は「私」にあまりしっくりきていないところがあって。でも「僕」を使うとちょっとびっくりされちゃうかなと思うし。そんな中で、作詞で自分の気持ちを伝える時には「ボク」がしっくりくることが多くて。あとは、性別関係なく「人間」に届いてほしいので、中性的なほうがいいかなというのもあります。

――「夏川椎菜フェーズ3」(「LAWSON presents 夏川椎菜 2nd Live Tour 2022 MAKEOVER」の終盤以降、現在も続くフェーズ)では、夏川さんのことを知らない人にもより広く届く表現をしていきたいとのことですが、今までとどの部分を変える予定ですか。

夏川:私のことを知らない人にも届けるのは大きなテーマではあるんですが、かといって「みんなに平等にふわっと刺さる」はやりたくないんですよ。やっぱり「隙間産業」ではありたい。ただ、今までは自分の感情の中でも負の感情で「ここ」みたいなところ――劣等感とか――だけを攻めすぎていたかなと。初期の頃の作詞は、表現の仕方は違っても、根本には明確に同じ感情がありました。その部分の隙間産業は「ササクレ」(6thシングル表題曲)である程度やり切った感覚があるので、今後はちょっと違う方向性で叩いてみようかなと。例えば色恋とか、視野を広げて世界のこと、国のこと、社会的な生活のことなど、違うジャンルの「隙間」を狙ってみたいです。

執筆スタイルと”自分ルール”

――ここからは具体的な執筆術について伺いたいのですが、日頃のインプットはどうしていますか。本や映画以外にもかなり多岐に渡っている印象があります。

夏川:昔から街で見かける人について「この人何してる人なんだろう」と考えちゃうんですよね。目の前のカップルの関係性が気になって考えたりとか。そういう人間観察の結果や、TwitterやInstagramに流れてくる雑多な情報の中から「こういうのあるあるだな」を拾ってきたりします。あとは、なんとなく「こうなんだよ」と言われていることをそのままにしたくなくて、一個のことをめっちゃ突き詰めて様々な角度から考えがちです。

――言葉が出てこずに「スランプ」に陥った際には、どのように打開していますか。

夏川:「無理だな」となったら無理には書かず、一旦時間を置いてからまた向き合ってみることが多いです。あと結構歩きます。何にもしないで、音楽も聞かず、なるべく目的もない状態で歩きます。それから、作詞の場合は言葉が出てこない時間を大事にすることもありますね。1st EP『Ep01』を作る際に、閉店間際のファミレスでずっと作業していたんですが、本当に一文字も出てこない時があって。でも、後で完成した時に振り返ると「あの無駄な時間も完成までのプロセスに必要だったんだ」と感じたので。

――今もお話しに出たように、ファミレスで執筆することが多いそうですが、他にはどんな場所で執筆していますか。

夏川:最近は家の自分の部屋でもやっています。でもずっと変わらないのは、電車が一番捗るということです。ちょうどいい雑踏感と揺れで。

――いろんな場所で、いろんな時間を使って書いているという感じでしょうか。

夏川:そうですね、「この日のこの時間は作詞のために空けておこう」とかはしません。そうしてもあまり言葉が出てくることがないので。常に頭の片隅に置いて、考えながら他の仕事もしていて、そうすると急にプッと言葉が降ってくる時があるので、降ってきたら忘れずにメモだけして、その日家に帰ったらメモを見て、浮かびそうだったらそのまま執筆しています。

――「言葉で表現すること」全般において、共通する”自分ルール”はありますか。

夏川:「一番伝えたい・刺さってほしい読み手」を明確に想定して、それによって文体を変えています。一番顕著なのはブログですね。例えば自分が出たライブの感想を書くにしても、自分のソロライブなのか、TrySailのライブなのか、コンテンツのライブなのかによって使う言葉や書く内容を変えます。作詞でも、一人称や言葉遣いを変えたり、漢字やカタカナの割合も意識的に変えています。

――最後に、文芸活動において今後やってみたいことはありますか。

夏川:最近、自分のイベントで「台本」を書くことが多いんですよ。例えば「417の日」(4月17日に地元の千葉で開催される夏川恒例のイベント)は最近はお芝居っぽく作っているので、台詞やネタも考えたりして。そもそも声優の世界に興味が湧いたきっかけが、中学の時に入っていた演劇部でお芝居が楽しかったことなんですよね。だから、今後機会があったら、自分で台本を書いて舞台や朗読劇をやってみたい気持ちはすごくあります。

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