作家・村上龍の時間は止まったのか? 新刊『ユーチューバー』の淡々とした独白を考える

村上龍『ユーチューバー』評

 村上龍は私小説というジャンルからもっとも遠い作家のひとりであり、私的な経験を描く場合でも、圧倒的なエネルギーによって感傷を突き抜けてしまう印象が強かったが、本作『ユーチューバー』の“矢﨑健介”は淡々と女性との出会いや別れ、セックスを語るだけで、かつての村上作品にあった爆発的な飛躍はまったく感じられない。

 それを端的に示しているのが「ユーチューブで話すって、よくわからないけど、案外気持ちがいいのかな」という矢﨑の台詞だろう。

 年齢、キャリアを重ねることで、小説家としてのモチベーションは変化することは当然だ。『ユーチューバー』の後半、イタリア映画『マレーナ』に関する記述の後、矢﨑はこんなふうに独白している。

「作品は墓標というか墓石のようなものだ。今も時間が流れている。マーロン・ブランドの時間は止まってしまった。わたしの時間も止まるときが来る。」

 誰もに訪れる人生の終わりを意識しはじめた村上龍は、この後、どんな小説を届けてくれるのだろうか。穏やかな抑制とともに、過去を振り返る『ユーチューバー』は現在の彼の状態を生々しく刻んだ作品だと思うが、長年のファンとしては、想像力が現実をひっくり返すような新作——情報の精緻な組み合わせ、正確無比な文章表現、安易なカタルシスを許さない厳格さーーをもう一度読みたいと切に願う。

 

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