【直木賞受賞】『地図と拳』小川哲はエンタメ小説界のスター作家になるーー文芸評論家が絶賛する才能

『地図と拳』小川哲の天才性

 第168回直木賞を昨日1月19日に受賞した小川哲による長編小説『地図と拳』が、早くもAmazonの和書総合ランキングで7位に入るなど、大いに注目を集めている。

 『地図と拳』は、日露戦争前夜から第2次世界大戦後までの半世紀にわたって、満洲のとある地域を舞台に繰り広げられた知略と争いの歴史を綴った骨太な長編小説だ。都市の出現と消滅を、多くの人物の運命とともに描き出した壮大な物語に、選考委員の宮部みゆきは「こんなに大風呂敷を広げられる作家は現在ほとんどいない。(中略)この作品を書き上げる上での取材と膨大な資料の読み込み、それらをしっかりと咀嚼することを惜しまなかった創作への姿勢に敬意と拍手をしたい」と手放しでの賛辞を送っている。

 小川哲は、2015年『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞してデビュー。以降、『ゲームの王国』(2017年)、『噓と正典』(2019年)と話題作を次々と発表。『地図と拳』は刊行されるやいなや直木賞は確実と目されていた作品で、続く2022年10月刊行の最新作『君のクイズ』も各界で高い評価を得ている。

 まさにエンタメ小説界の寵児といえる小川哲の作家性とは、いったい如何なるものなのか。かねてより小川哲の才能を評していた文芸評論家の杉江松恋氏に話を聞いた。

「小川哲はハヤカワSFコンテスト出身でSF作家クラブの会員でもあるため、SF作家と見られることもありますが、彼の作家としての強みはジャンルに縛られないところにあります。先日の受賞コメントで小説を建築に喩えていたように、彼は小説を一つの構造体として捉えています。まず作品にとってどんな構造が適しているのかを考え、その構造に当てはめて小説内の要素を組み立てていくタイプの作家なんです。構造にとってSFを当てはめるのが最適であればSF小説になりますし、今回の『地図と拳』であれば、歴史小説の中に中国の武侠小説の要素を取り入れています。それらの要素は、歴史的な背景や人物配置を設計する中で、必要に応じて召喚されている。だから、小川哲は単なるジャンル作家ではないんです」

 小川哲の「構造を見極める力」は、天才的でさえあると杉江氏は続ける。

「『地図と拳』は史実をもとにしているため、あらかじめ終着点が見えている物語です。満洲国の起源から消滅までの全体像を、架空の都市を設定してその中で戯画的に描き出しています。その構造が決まると、必然的に張作霖爆殺事件、五族共和の理念、柳条湖事件、抗日ゲリラ闘争、日本軍の暴走など、描くべき要素が固まります。凡庸な作家であれば、史実に引っ張られてしまうところですが、小川哲はその構造を的確に見極めてフィクションを織り交ぜていく。そこに彼の天才性があると思います」

 ジャンルに縛られずに様々な小説を生み出すことができる小川哲は、エンタメ小説界のスターとなる資質を持った作家だという。

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