2022年の小川哲は『地図と拳』だけではないーー空前絶後のミステリー『君のクイズ』の圧倒的おもしろさ
2022年の小川哲といわれたとき、多くの作者のファンは、6月に刊行された『地図と拳』を思い出すことだろう。たしかに『地図と拳』は凄かった。単行本で600Pオーバー。満州の名もなき都市を中心に、多数の人物が入り乱れる物語は、国家と戦争を巨大な視野で描き切った大作である。出版当初から大きな話題を集め、第十三回山田風太郎賞を受賞した。あくまでも現時点での話だが、作者の代表作というに相応しい作品なのである。
だが2022年の小川哲は、もう一冊、優れた長篇を上梓している。10月に刊行された『君のクイズ』だ。長篇とはいえ、単行本200Pにも満たない短さ。そして内容は、競技クイズを題材にしたミステリー。物語のスケールは『地図と拳』と比べれば、遥かに小さい。しかし本書は、メチャクチャに面白いのだ。だから2022年の小川哲は、この二冊で語られるべきであろう。
内容に触れる前に、少し競技クイズについて書いておきたい。複数の解答者が、クイズの正解の速さを競う。さまざまなクイズ番組がテレビで放送されているので、これ以上の説明は不要だろう。クイズの解答には、幾つものテクニックがあるのだが、競技クイズを扱った杉基イクラの漫画『ナナマル サンバツ』で、広く知られるようになった。また、伊沢拓司率いる東大発の知識集団・QuizKnockのYouTubeを見ると、クイズに関する圧倒的な思考が垣間見えて、実に興味深いのである。
本書の主人公の三島玲央も、そうした競技クイズの上級者である。しかし、生放送のクイズ番組『Q‐1グランプリ』の決勝戦に進出した彼は、不可解な形で敗北する。あと一問を正解した方が勝利者になるという最終問題が読まれる前に、対戦相手の本庄絆がボタンを押した。当然、玲央は絆のミスだと思う。ところが絆が正解を答え、優勝してしまったのだ。なぜ絆は「ゼロ文字解答」をできたのだろうか。
番組の公式ツイッターには三千件を超えるリプライが付き、ネットニュースでも取り上げられた。放送から三日後には、「今回のような形での次回開催は中止とさせていただくことになりました」という声明が出る。「ゼロ文字解答」に納得のいかない玲央は、番組の総合演出をしていた坂田泰彦や、絆にメールを送るが返事はない。それでも諦めきれない彼は、自らの手で「Q. なぜ本庄絆は第一回『Q‐1グランプリ』の最終問題において、一文字も読まれていないクイズに正答できたのか?」という、超難関クイズに挑むのだった。