第168回 芥川賞・直木賞受賞式レポート 受賞4作品の評価ポイントは?

左から千早茜、小川哲、佐藤厚志、井戸川射子

 日本文学振興会主催による第168回芥川賞・直木賞の選考会が1月19日、東京丸の内にある・東京會舘本館で開かれ、芥川賞は井戸川射子『この世の喜びよ』、佐藤厚志『荒地の家族』に決まった。直木賞は小川哲『地図と拳』、千早茜『しろがねの葉』の合計4作品が選ばれた。

 今回の選考を務めたのは(50音順・敬称略)、芥川賞は選考委員(五十音順) 小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏幸、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一。直木賞は、選考委員(五十音順) 浅田次郎、伊集院静、角田光代、北方謙三、桐野夏生、髙村薫、林真理子、三浦しをん、宮部みゆき。

 芥川賞を受賞した井戸川射子は1987年生まれで関西学院大学社会学部卒。国語教師であり詩人としても活動をし『する、されるユートピア』で第24回中原中也賞を受賞。「ここはとても速い川」で第43回野間文芸新人賞を受賞している。

第168回芥川賞を受賞した井戸川射子

 『この世の喜びよ』は『群像7月号』に掲載され、芥川賞初のノミネートでの受賞となり、作品数はまだ少ない中だが、人気作家へといち早く駆け登った。

 『この世の喜びよ』はショッピングセンターで喪服を販売している「あなた」(「穂賀さん」)がフードコートで出会った15歳の少女と話したことをきっかけに、家庭での悩みを打ち明けられるようになり、言葉にならない感情を呼び覚ましていく作品だ。

 もう一方の佐藤厚志は1982年生まれ。東北学院大学文学部英文学科卒業。仙台市在住、書店で勤めながら2017年、第49回新潮新人賞を「蛇沼」で受賞しデビュー。『境界の円居』で第3回仙台短編文学賞大賞を受賞。『象の皮膚』で第34回三島由紀夫賞候補となっている。『荒地の家族』も『この世の喜びよ』と同様に芥川賞初ノミネートでの受賞となった。

 『荒地の家族』は、宮城県亘理町にする40歳の植木職人・坂井祐治が、震災の二年後に妻を病気で亡くし仕事道具もさらわれた苦しい日々を過ごす中でのさまざまな生活について描いた物語だ。

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 芥川賞の選考委員を代表して堀江敏幸は、受賞作について「どれでも素晴らしい作品だった。その中で受賞した2作品は対照的な作品だった」と述べ、まず受賞をした『荒地の家族』について「震災にこれほどまでに真っ直ぐ向き合った作品はこれまでなかったのではないか。造園業の主人公が震災で一変した季節の中でどんなふうに過ごすかということをしっかりと書かれた、まさに地に足のついた作品。肉体を通して書かれていると評価をしている選考委員もいた」と語った。

芥川賞の選考について総評をする堀江敏幸

 一方の『この世の喜びよ』について「文章の言葉がそれぞれ粒が立っていた。平凡な舞台設定でありながら、その題材を輝かせる言葉の一つひとつがとても丁寧に描いてある素晴らしい作品。この世に喜びを与えるようなタイトル通りの表現になっていた。特に「あなた」という文体を入れた二人称の作品ながら、実験的な作品というよりもしっかりと効果的に使われている」と評価。育児に対して悩みもつ多くの母親にとっても「大きな呼び掛けになっている」とまとめた。

 受賞会見では、まず井戸川射子が登壇。「素直に嬉しい。努力をしていればやっぱり報われるものだと思う」と言い、「二人称はいつか書きたいと思っていたけれど、必然性がないと書けないと考えていた。きっかけは育児がとてもしんどい時に私が子どもたちを見守るように私も誰かに見守ってほしいとの思いから二人称を使うことができた。私にとって、書くことと本を読むことが自浄作用になっている。『この世の喜びよ』が書けたことで自分の中でも癒しになった」と語った。

第168回芥川賞を受賞し喜びを語る佐藤厚志

 次に登壇した佐藤厚志は震災をテーマにした『荒地の家族』について「災忌としているが、東日本大震災があったから生まれた作品。震災についてのテーマはなかなか取りづらい内容だと思うので、今回このような賞をいただけたことで興味を持ってくれたら嬉しい。震災についてはみなさんそれぞれの思いがある。この作品に触れることで自分との経験を重ね合わせて少しでも癒しを感じてもらえたら」と語った。仙台の書店員として働く佐藤は、今回の受賞作品が4作品になったことについて「書店員としてはラッキーという気持ち」と語り、出版不況が続く中だからこそ佐藤が働く書店にとっても明るいニュースになるであろう。

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